90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.64

 

The relationship between the age of onset of musical training and rhythm synchronization performance: validation of sensitive period effects

Bailey JA, Penhune VB.

Front Neurosci. 2013 Nov 29;7:227. [Free Access]

 

子どもの能力の発達に重要な時期というのはあるようで、絶対音感などは

できるだけ早く音楽訓練を受けないと身に付かないと巷では言われています。

Penhuneさんのラボでは、こうした音楽能力発達におけるいわゆる臨界期の

存在を、音楽訓練を受けている子供たちと受けていない子供たちの能力を比較

することで調べてきました。この論文は、リズムに合わせる能力について

音楽訓練を始めた時期の影響を調べたものです。

 

実験は単純にリズムパターンに合わせてキーを押すというもので、18歳から

37歳までの音楽経験者を対象として実験を行い、リズムとキー押しとの時間的

ずれ幅と音楽訓練を始めた時期との相関を見たところ、より幼いうちに音楽

訓練を始めた人の方がより正確にリズムに合わせることができた、というもので

やはり早いうちから音楽訓練を始めた方がいいよねという結論です。

 

ま、そうだよねー、ありがちな結果だよねー…と思ってみたら、音楽訓練を

始めた年齢とリズムに合わせる正確さには弱い相関しか見られず、むしろ

ワーキングメモリとリズムの正確さの方が相関が強いというものでした。

個人的にはかなり今イチな結果で面白くもない論文ですが、これは音楽訓練

によって広範な認知機能が向上するということなのか…とすれば個別の能力

について音楽訓練の影響を調べても、あまり意味がないのかもしれません。

 

 

Amusic does not mean unmusical: Beat perception and synchronization ability despite pitch deafness

Phillips-Silver J, Toiviainen P, Gosselin N, Peretz I.

Cogn Neuropsychol. 2013 Jul;30(5):311-31.

 

Peretz御大のところからの論文です。という事は?そう失音楽症(Amusia)です。

以前にも紹介していますが(こちらこちら)、失音楽症ではピッチの処理が

良くできないという報告がよく見られる一方、リズムや音色といった他の特徴は

処理は無事なのかという事が議論されています。というのも、ピッチとリズムは

脳の中で異なる部位が関与するという報告が多くあり(これとかこれとか)、

これらの特徴のどれが失音楽症によって障害されているかを調べることで、

音楽的な特徴が脳内でどのような処理過程を経るのかという事がわかる!…はず。

 

この論文では3つの実験を行って、失音楽症の患者でも音色の区別がつくこと、

リズムの解釈に身体の動き(ダンスとか?)が影響を与えること、音楽に

合わせてリズムを取れることと練習によって向上する事が示され、ピッチに

ついては失音楽でもリズムについてはそうでもない事が示唆されました。

 

失音楽症を引き起こす脳の障害、あるいは失音楽症に関連した脳部位があるか

どうかはちょっと不勉強で知らないのですが(こんな論文はありますが)、

健常者と患者の比較によって音楽処理(少なくともピッチ処理)に関連した

脳内ネットワークが明らかになる日も来るかもしれませんね。

 

Enhanced syllable discrimination thresholds in musicians

Zuk J, Ozernov-Palchik O, Kim H, Lakshminarayanan K, Gabrieli JD, Tallal P, Gaab N.

PLoS One. 2013 Dec 5;8(12):e80546. [Free Access]

 

最初に紹介した論文と似たもので、音楽訓練の効果が同じ音響的特徴を多く含む

言語音の処理に影響を与えるのかを調べた論文です。ま、結果もありがちな

感じで、有声開始時間(Voice Onset Time: VOT)や大きさなどをいじった言語音の

弁別において音楽経験の効果が見られ、音楽経験によって音響的な刺激の時間

情報について感受性が増すのではないかという事です。

 

さもありなん、という感じで。

 

音楽の脳科学に関する論文集 vol.63

 

Model of music cognition and amusia (Free Access)

García-Casares N, Berthier Torres ML, Froudist Walsh S, González-Santos P.

Neurologia 2013 Apr;28(3):179-86.

失音楽症の症例報告のレビューを中心として、音楽認知のモデルについて考察した

レビュー論文です。ふむ、これは読んでみたい。

 

 

Two randomized trials provide no consistent evidence for nonmusical cognitive benefits of brief preschool music enrichment (Free Access)
Mehr SA, Schachner A, Katz RC, Spelke ES.

 PloS one 2013 Dec 11;8(12):e82007.

 

就学前の児童に対して音楽教育を行うことで、ほかの認知能力が向上するという

報告はいくつかあり、以前にレビューしたこともあります。しかし向上しないと

いう報告もあり、なかなか結論は出ていません。

 

今回の研究では、音楽教育の評価方法として、いくつかの先行研究で用いられた

IQではなく、視空間情報や数的判断、語彙など特定の能力について6週間の短期的な

音楽教育の影響を調べました。最初の実験では同じく6週間の美術教育を受けた子供

と比べて空間認知についての能力が高いという結果が見られたものの、2つ目の実験

では何もしない統制群の子供たちとの違いが見られず、2つの実験を合わせると結局

美術教育との違いも見られなくなったという、音楽教育による認知能力の向上には

否定的な結果になりました。

 

 とはいえ、参加人数が20~30人という小規模な実験ではなんとも言えないですが…

 

 

Influence of music on streroid hormones and hte relationship between receptor polymorhisms and musical ability: a pilot study (Free Access)

Fukui H, Toyoshima K.

Front Psychol. 2013 Dec 3;4:910.

 

音楽とホルモンの関係をずっと研究されている奈良教育大学福井一教授の論文です。

21人の男女を対象として、好きな音楽と嫌いな音楽を聴く前後で唾液中に含まれる

ステロイド系ホルモン(テストステロンエストラジオールコルチゾール)の量を

測定しました。また、DNAからアンドロゲンバソプレシン受容体の遺伝子型を

調べました。どちらの音楽を聴いた後でも男女ともにコルチゾールの量は低下し、

また男性ではテストステロン量の低下とエストラジオールの増加が見られました。

一方、女性では音楽の好き嫌いによってテストステロンとエストラジオールの増減に

違いが見られました。参加者の音楽能力はAdvanced Measures of Music Audiation(AMMA)というテストで調べられ、この成績とアンドロゲン受容体の型の

違いに関連性が見られました。

 

音楽能力とテストステロン、アンドロゲン受容体などの関連性について調べた最初の

研究だという事ですが、ちょっと結果が複雑でこのままでは解釈が難しいですね。

 

はてなダイアリーからはてなブログに移行しました。

どうにも気になっていたので、ダイアリーからブログに移行してみました。

手こずるかと思いきや、クリックひとつで記事のインポートもできて大変楽チン。

 

書くサイクルが短くなるかどうかはわかりませんが、これからもよろしくお願いします。

m(_ _)m

 

 

音楽の脳科学に関する論文集 vol.62


さて今月も文章書き月間でしたが、進捗報告や論文や科研費の申請やら徐々に
終わりが見えてくると気分も楽になってきます。さて今回の論文集は以下の通り。

Med Probl Perform Art. 2013 Sep;28(3):145-51.
Head and shoulder functional changes in flutists.
Teixeira ZL, Lã FM, da Silva AG.


フルートを吹くときの姿勢について、頭や身体の体勢や肩の筋肉の左右バランスを
プロ(10年以上の経験)と修行中(10年以下の経験)のフルーティストで比較した
研究です。修行中のフルーティストの方が頭が前傾姿勢になりがちであるという事
ですが、息を吹き込むときに勢いをつけたりするから?うーん、わかりませんね。


PLoS One. 2013 Sep 4;8(9):e72500.
From understanding to appreciating music cross-culturally.
Fritz TH, Schmude P, Jentschke S, Friederici AD, Koelsch S.


アフリカのカメルーン北部に住むマファという部族の人たちとドイツ人を対象に、
西洋音楽から受ける印象を評定してもらい、文化的な違いを調べたという研究です。
マファの人たちはドイツ人とは異なる印象を受けたようですが、部族内では割と
一致した傾向が見られ、これは文化的な学習の影響ではないかとの事です。


このFritzさんは以前にもマファとドイツの人たちを対象として音楽の感情的な
評価の文化差を調べていますが(これ)、その続きと思われます。
この研究では文化による違いは見られなかったので、音楽には属する文化を越えて
伝わっていく情報と、文化によって受け取り方の違う情報の2種類が存在すると
いう事を示しているのではないでしょうか。


Neurosci Biobehav Rev. 2013 Sep 3. pii: S0149-7634(13)00193-0.[Epub ahead of print]
Into the groove: Can rhythm influence Parkinson's disease?
Nombela C, Hughes LE, Owen AM, Grahn JA.


音楽、特にリズムを聴いているときには、運動野や補足運動野、基底核など色々な
脳部位が活動することが報告されていますが(これとか)、これらの脳部位は
パーキンソン病に関わるとされる部位であったりもします。実際、パーキンソン病
見られる歩行障害にリズム刺激が有効だという日本語のレビューもあり、それを
読んでもいいと思いますが、こちらのレビューでは音楽とパーキンソン病の運動障害
の改善に関連したメカニズムや音楽療法の可能性などについて述べています。


Cortex. 2013 Mar;49(3):702-10. Epub 2012 Feb 10.
The effect of music on corticospinal excitability is related to the perceived emotion: a transcranial magnetic stimulation study.
Giovannelli F, Banfi C, Borgheresi A, Fiori E, Innocenti I, Rossi S, Zaccara G, Viggiano MP, Cincotta M.


ホラー映画を見ているときに驚かされると、普段より余計にビックリしますよね。
こうした感情的な効果が運動野の活動にどのような影響を与えるのかをTMSを使って
調べた研究です。


やってることは単純で、TMSを打つことで筋肉に生じる運動誘発電位(MEP)を測定
しながら怖い音楽や楽しい音楽を聴いたところ、怖い音楽を聴いていた時のMEPだけが
対照条件と比べて大きくなったそうです。恐怖を感じているときにはアドレナリンが
出たりしますが、そうした事が運動野の活動にも影響を与えたりするのでしょうか。




そして前回も紹介しましたが、Hearing Researchという雑誌で特集号が出る様子。
Articles in Pressのところにレビュー論文がざっくざくあります。気の早い人は目を
通してみてはどうでしょうか。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.61

さて、今月は科研費やら論文やら研究費やらで物書き月間です。

Proc Natl Acad Sci USA. 2013 Sep 3. [Epub ahead of print]
Processing of hierarchical syntactic structure in music
Koelsch S, Rohrmeier M, Torrecuso R, Jentschke S.

教授になってからもガンガンと論文を出しているKoelschさんですが、今回の論文
ではバッハのコラールを元にして、これまでやってきた和声進行のミスマッチ反応
(MMN)ではなく、ひとつ上の構造についてのミスマッチ反応をEEGで測定しました。
音楽の用語では前楽節と後楽節と言うのでしょうか?同じような和声進行でも、
前半と後半との関係を変えることで、最後の和音での終止感が変わってきますが、
これによって和声進行のミスマッチ反応と考えられるERANとlate negativeの
波形がどのような影響を受けるかを調べました。


実験の結果からは、コラールをそのまま用いた場合と、前半と後半の局所的な
構造は変えずに調性だけを変えた刺激で、一番最後の和音に対する脳活動が
ちょうどERANやlate negativeの時間帯で異なることが分かりました。
面白いのは音楽経験の有無による違いが見られなかったことで、特別な音楽
訓練を受けていなくても、我々はちゃんと音楽の構造を認識することができる、
ということを示唆しています。


Brain. 2013 Jul;136(Pt 7):2318-22. Epub 2013 Mar 25.
Hallucinations of musical notation.
Sacks O.

著者は、あの「レナードの朝」や「妻を防止と間違えた男」、「火星の人類学者」など
ベストセラーを出している神経内科医のオリバー・サックスです。彼は自身の診察に
訪れた患者をネタに、もとい患者が見せる様々な症状から人間の脳の不思議さを
教えてくれる素敵な方ですよね。(ニコッ


この論文も著者名だけで選んだものですが、音楽に関連した幻覚を訴える8人の
患者のケース報告です。図がひとつもなく、患者の報告とそれに関与する神経
メカニズムの考察だけなのですが、なかなか変わった形の論文ですね。


Hear Res. 2013 Aug 30. pii: S0378-5955(13)00201-3. [Epub ahead of print]
Function and plasticity of the medial olivocochlear system in musicians: A review
Perrot X, Collet L.

音楽経験による脳機能の変化についてのレビューなんですが、この論文の
珍しいところは大脳皮質ではなく脳幹、特に上オリーブ核から蝸牛までの
神経回路に注目しているところ。


人間の脳幹部分の研究はEEGやMEGでは難しく、その大きさからfMRIでも
なかなか見えないところなので、研究が進んでいるとは言えない状況ですが、
先行研究では耳音響放射という現象を用いて、神経核の性質や可塑性について
調べられているものがあるようです。


この論文ではそれらの研究をレビューして、音楽経験の有無によって見られる
違いについて、末梢での可塑性が原因なのか、中枢での変化が反映されて
いるのか議論しているようです。面白そうですね。


そしてHearing Researchでは、いくつか特集号を準備しているようです。
研究室の同僚も聴覚についてのレビューが採択されたようで、もう少しで
読めるようになるでしょう。そしてHPをウロウロしていたら、こんなものを発見。
Auditory Cortex: Current Concepts in Human and Animal Research


興味のある方はどうぞ。