90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

ちょっとタイミングは遅いですが…

今年のイグノーベル賞が9月30日に発表されました。
すでに多くのサイトで受賞内容が紹介されていますが、ほかのサイトよりは
もう少し詳しく紹介していきましょう。

工学賞(クジラから微生物を採取するためにラジコンヘリを使う方法の確立)

Karina Acevedo-Whitehouse, Agnes Rocha-Gosselin (イギリス) & Diane Gendron (メキシコ)


これまでは、クジラの体内にどんな微生物が存在するかを調べる方法としては
浜に打ち上げられた死体や湾に迷い込んだ個体を調べるしかなかったのですが、
迷い込むような個体では正常なサンプルとは言えず、信頼できるデータとは
呼べませんでした。しかしヘリを使って直接採取することで、より自然な状況での
個体や集団を調べることが可能になりました。


受賞論文:
A novel non-invasive tool for disease surveillance of free-ranging whales and its relevance to conservation programs
Animal Conservation, vol. 13, no. 2, April 2010, pp. 217-25.
Karina Acevedo-Whitehouse, Agnes Rocha-Gosselin & Diane Gendron



医学賞(ぜんそく治療の一環としてのジェットコースター利用法の発見)

Simon Rietveld & Ilja van Beest (オランダ)


ぜんそく患者が感じる呼吸困難の症状に対してネガティブ/ポジティブな方向の
感情的な負荷(ストレス)が与える影響を調べるため、患者たちをジェットコースターに
繰り返し乗せてストレスを与えました。


患者たちのネガティブなストレスや血圧は乗車直前にピークを迎え、ポジティブな
ストレスと心拍数は発車直後にピークを迎えました。乗車中の方がそのスピードに
よって肺の機能は低下するにも関わらず、患者は乗車前の方が呼吸しづらさを強く
感じる傾向を示し、ネガティブなストレスがこの症状に影響を与えることが分かりました。


受賞論文:
Rollercoaster asthma: when positive emotional stress interferes with dyspnea perception.
Behaviour Research and Therapy, vol. 45, 2006, pp. 977-87.
Simon Rietveld and Ilja van Beest




交通計画賞(効率的な鉄道網を見つけるための粘菌の利用法の発見)

Toshiyuki Nakagaki, Atsushi Tero, Seiji Takagi, Tetsu Saigusa, Kentaro Ito,
Kenji Yumiki, Ryo Kobayashi (日本), Dan Bebber, & Mark Fricker (イギリス)
(2008年度に続き2度目の受賞!)


粘菌は、変形して移動する変形体と全く動かない子実体という姿を持つ生物で、
変形体は大きくなるに従って細かく枝分かれしていきます。複雑な器官を持たない
粘菌が、東京周辺の鉄道網のような効率的な枝分かれをする事ができる、という
事を示した研究です。


受賞論文:
Rules for Biologically Inspired Adaptive Network Design
Science, Vol. 327. no. 5964, January 22, 2010, pp. 439-42
Atsushi Tero et al.



物理学賞(凍った道における滑り止めとしての靴下の利用法の発見)

Lianne Parkin, Sheila Williams, & Patricia Priest (ニュージーランド)


この研究が行われたDunedinという地域は、街の主要部は平地にあるものの
住宅地は丘の上にあるそうです。そのため、冬に雪が降って歩道が凍ると、
ツルツルの道を街に向かって下りていくのは大変危険で、滑らないように
ブーツの上に靴下を履くことが役所によって推奨されているそうです。
しかし論文検索をしても、この方法が効果的なのかを実際に調べた研究は
見つからなかったので、自分たちで調べてみたという流れのようです。


実験自体は単純で、住宅地の方からやってきた人に靴下を付けて坂道を
歩いてもらい、参加者と実験者の両方が滑りやすさを評価したところ、
やはり靴下を靴の上から履いた方が滑りにくいという結果になりました。



受賞論文:
Preventing winter falls: a randomised controlled trial of a novel intervention
New Zealand Medical Journal. vol. 122, no, 1298, July 3, 2009, pp. 31-8.
Lianne Parkin, Sheila M Williams, Patricia Priest



平和賞(罵倒することが痛みの緩和に役立つことの発見)

Richard Stephens, John Atkins, & Andrew Kingston (イギリス)


氷水に手を突っ込んでどれだけガマンできるかを調べた実験で、汚い言葉を
繰り返し言わせた参加者の方が、中立的な言葉を言わせた参加者よりも長い時間
ガマンできたという結果が得られました。


罵倒する事で、瞳孔の拡大し筋肉に血が集まり、発汗が促される反射、
いわゆる闘争・逃走反応(fight-or-flight response)が引き起こされ、
痛みによる恐怖と痛み知覚とのつながりが弱くなったという解釈のようです。


受賞論文:
Swearing as a response to pain
Neuroreport, vol. 20 , no. 12, 2009, pp. 1056-60.
Richard Stephens, John Atkins, and Andrew Kingston



公衆衛生賞(細菌感染の媒体としてのヒゲの危険性を発見)

Manuel Barbeito, Charles Mathews, & Larry Taylor (アメリカ)


ヒゲ面の研究者とヒゲなしの研究者を対象とした調査から、ヒゲについた
細菌やウィルスは、石鹸で洗ってもまだ十分感染させられるだけの量が
残っていたそうです。論文の図が何かの記念写真っぽいんですが(笑)


受賞論文:
Microbiological Laboratory Hazard of Bearded Men
Appl Microbiol. 1967 July; 15(4): 899--906.
Manuel S. Barbeito, Charles T. Mathews, and Larry A. Taylor



経済学賞(経済における新たな投資方法を開拓した功績)

ゴールドマン・サックスAIG、リーマンブラザーズ、ベアースターンズ、
メリル・リンチ、マグネター・キャピタルの各証券会社およびヘッジファンドの
社長および役員たち


まあこれは皮肉を込めた感じで。



化学賞(水と油は混ざらないというのが迷信である事を証明)

Eric Adams, Scott Socolofsky, Stephen Masutani, & BP (British Petroleum)


3人についてはマジメな研究報告なんですが、BPは言わずと知れた今年の大規模な
油井爆発の当事者ですね。


受賞論文(研究報告):
Review of Deep Oil Spill Modeling Activity Supported by the Deep Spill JIP and Offshore Operator’s Committee.



経営学賞(有能な社員を昇進させる事が会社にとって良いとは限らないことを証明)

Alessandro Pluchino, Andrea Rapisarda, & Cesare Garofalo (イタリア)


会社においてはそれぞれの地位で要求される能力は異なるため、有能な社員も
いずれ彼の能力では対処できない地点に到達してしまい、その時点で彼は"無能な"
社員となってしまいます。これが続く事で、優秀な社員が揃っていても最終的には
社内は無能な社員ばかりになってしまうピーターの法則というものがあります。


シミュレーションを使った研究から、これを起こさず効率的な会社経営をするためには、
ランダムに社員を昇格させるか、あるいは成績の最も良かった人と悪かった人どちらか
をランダムに昇格させるのが最善の方法だという結果が示されました。


受賞論文:
The Peter Principle Revisited: A Computational Study
Physica A, vol. 389, no. 3, February 2010, pp. 467-72.
Alessandro Pluchino, Andrea Rapisarda, and Cesare Garofalo



生物学賞(人間以外の動物におけるフェ〇チオの研究)

Libiao Zhang, Min Tan, Guangjian Zhu, Jianping Ye, Tiyu Hong, Shanyi Zhou,
Shuyi Zhang (中国), & Gareth Jones (イギリス)


ナニをアレしてゴニョゴニョするのは人間だけと考えられてきましたが、ボノボ
遊びの一環としてするそうです。このグループはオオコウモリの生態を調べていくうち、
このコウモリもソレをアレする事を発見し、その進化論的な意味について調べました。


アレするとナニが元気になるのか、その回数に応じて交尾時間も伸びていたそうです。
交尾時間の長さはそのままメスの受胎確率を上げることから、子孫を残すのに
メリットがあるという可能性が考えられます。あとは、ナニをきれいにすることで
病気感染を防ぐという事もあり得るようです。


アレやらナニやらたくさんですが、まあそんな感じです。
ちなみにそのときの映像はこちら


受賞論文:
Fellatio by Fruit Bats Prolongs Copulation Time
PLoS ONE, vol. 4, no. 10, e759
Min Tan et al.






今回も各賞ふるっていますね。その中で個人的に一番面白かったのは物理学賞です。
実験を行ったDunedinという街には、ギネスブック認定の世界一急な坂があり、
最初はそこで実験しようと考えたが倫理的にも法律的にもマズイだろうと思って
別のところにしたそうです。


また論文中には、靴下を履かせたグループの人たちに「そのまま履いて行っても
いいですよ」と言っても一人を除いて全員返却してきたとか、参加者の意見を
聞いてみたら「確かに滑りにくくなるね。でもこの格好で大学には行きたくないな」と
言われたとか、しっかり書いてありました。


頑張ったわりに地元の人には報われなかった研究みたいですが、こうして名誉ある賞を
取れてよかったですね(笑)