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90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 番外編 vol.6

Cultural constraints on music perception and cognition.
Prog Brain Res. 2009;178:67-77.
Morrison SJ, Demorest SM.


言語や宗教はある文化と別の文化との間に明確な境界線を引きますが、
音楽はそこらへん意外とアバウトなもので、世界の音楽に見られる
共通性や言語と比べて音楽に含まれる意味や内容の曖昧さなどから、
音楽は異なる文化間の橋渡し的な役割を持つ"universal language"と
言われたりします。


音楽の持つ曖昧さは誤解や誤った伝わり方を引き起こす原因ともなりますが、
そこは逆に、異なる文化集団同士が譲歩できる余地があるという点において
人間のように集団で生活する生き物にはメリットがあるように思われます。
こうした文化的な観点から音楽を研究することは、我々にとって音楽とは
何かという事を考える上でとても重要なことですが、残念ながらこれまでの
音楽認知研究のほとんどは限られた文化集団内でのものに留まっています。
この論文では、異なる文化に属する人たちに見られる音楽認知の共通性と
独自性についていくつかの研究をレビューしています。



1.Musical enculturationの基礎

音楽を構成する基本的な特徴にはピッチや音の長さがありますが、さすがに
これらの特徴の知覚には文化による違いが見られなそうです。むしろこれらを
どのように組み合わせるかといったところで文化による独自性が生まれると
考えられ、それは統計的学習(statistical learning)によって獲得されると
という説が主張されています。


異なる文化の音楽を区別する指標としては音階と拍子が挙げられますが、
こうした特徴(文化に関係なく)に対する感受性は1歳未満の幼児でも
すでに見られます。そしてその後の音楽経験によって、その文化に特徴的な
ものを学んでいくと考えられています。





1-1.ピッチに対する反応

Hannon&Trainor(2007)は、特定の文化の音楽に対する適応の過程は、我々が
持つパターン化やカテゴリー化といった能力をベースにしてその文化に特有の
音楽の知識を獲得していくボトムアップ型のプロセスであると主張しています。


こうした文化の影響は1歳児から見られるという報告があり、また学校における
音楽教育の違いも文化の影響を生む要因の一つだとする報告もあります。


面白いのは、外国語能力と音楽能力に関連性を示した研究があることです。
外国語では母国語と異なるルールで各音素を再カテゴリー化する必要があり、
音素をピッチ、そして言語を音楽と読み替えれば同じ様な能力が異文化の
音楽理解に利用できるといえます。外国語能力と異文化の音楽を理解する能力
の関係を調べるのも面白いかもしれません。




1-2.リズムに対する反応

リズムについてもピッチと同じような事が言われており、大体1歳児になると
文化に特有なリズムパターンへの優位性が見られるようになるという報告
あります。そして子供であれば、短期間の学習によって異なる文化のリズム
パターンへの適応が見られる一方、大人ではそれほど柔軟に適応できる
わけではないことも示されています。また、こうした音楽のリズムパターンは
言語におけるアクセントパターンと関連性があるとも言われています。



2.音楽が持つ複雑な構造への反応

音楽認知にはピッチやリズムなどの特徴も重要ですが、それらが作り出す
音階や拍子など複雑な構造の処理も含まれます。こうした構造はある音楽
が持つ規則性を明らかにするだけでなく、感情や記憶など広い範囲での
反応を引き起こすという意味でも重要なものであり、文化によって異なる
ピッチやリズムのパターンなどの音楽的な情報が組み合わさることで、
その文化独特な構造が形成されます。


こうした構造の処理には右半球の関与が指摘されていますが、面白い事に
異文化の音楽(例えば西洋音楽と中国音楽)を用いて比較した場合には
右半球優位が見られる一方、西洋音楽とそれをスクランブルしたものとを
比較した場合では左半球優位が見られています。


こうした複雑な音楽処理によって生じる感情的な反応には文化を越えた
共通性を示唆する報告がありますが、例えば少数の選択肢から回答させる
場合には文化を越えた共通性が見られる一方で、被験者自身の言葉で回答
させるとそれほど共通性が見られないといったことが指摘されています。



(Dr.FritzとMafa族の人たち)



3.音楽の記憶と文化の影響

異なる文化の音楽を記憶することに関しては、やはり自分の文化の音楽を
記憶する方が簡単なものの、脳活動については文化による違いを見つける
ことはできていません。これは、特定の文化に依存した処理過程の存在を
否定するものであり、異なる文化の音楽でも同じアプローチで処理している
可能性が示唆されています。



4.将来の展望

というわけで、いくつかのレベルにおいて音楽処理における文化の影響
が見られるという報告を見てきましたが、これらがどう関連しているのか
についてはまだ分からないところも多く残っています。先行研究からは、
"bimusicality"または"bimusicalism"とでも呼べるような異文化の音楽に
対する適応力の高さを示す報告がある一方で、自分の属する文化の音楽
への優位性を示す報告もあり、何がそうした違いを引き起こすのか
考慮する必要がありそうです。


また脳活動から見ると、文化による影響は質的(関与する部位の違い)と
いうよりもむしろ量的(関与の度合いの違い)であり、また異文化の音楽も
単なる音の羅列ではなく、論理的な構造を持った何かとして認識されて
いるようです。HanonとTrehubは文化特異的な知識を獲得するための
ベースとしてパターン検出とカテゴリー化を主張していますが、異なる
文化の音楽認知にはこれらの能力を利用している可能性も考えられます。


最初に述べた音楽の共通性に話を戻すと、音楽と文化の関係を調べる事は
文化の共通性と特異性がどのように共存しているか明らかにするヒントに
なるかもしれません。Nettl(2001)は長2度の音程やそういった特徴が
どの音楽にも共通して見られる可能性について疑問を述べていますが、
長2度が存在するような音楽の文化で育った人は別の文化の音楽を聴いた
ときもそうした知識を使って音楽を解釈するでしょう。そういう意味では、
音楽自体よりもむしろそれを認識する人間の中に音楽の共通性という観念
が存在しているのかもしれません。



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最後は分かるような分からないようなオチですが、正確なところは
原文を当たっていただきたく…(汗)


異なる文化で共通性が見られたり見られなかったりというのは
なかなか評価が難しいところですが、例えば感情的な評価の研究で
見られた不一致などは音楽だけでなく言語の方面からの干渉もあり、
純粋に音楽的なものだけを取り出して調べるというのは難しそうです。
Fritzたちの研究ではいくつかの表情を示している顔写真を使って
評価させていたような。


こうした難しさに加え、西洋音楽が強い影響力を持つ現在の状況では、
文化間の比較をすることは段々難しくなりそうです。言語に関しては
話者がいなくなりそうな言語を「危機言語」として保存しようという
動きがありますが、音楽もそのうち「危機音楽」とか出てきそうですね。