90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.70

 さて、今年は年1回更新で終わらないようにしますよ!

今回は論文紹介ですが、まずは指慣らしということで軽めに。

 

 

ジャズギターの巨匠ジャンゴ・ラインハルトは子供の頃から音楽活動を行っていましたが、18歳のときに火事で大やけどを負い、左手の薬指と小指には障害が残ってしまいました。医者はギターの演奏はもう無理だと思うほどの障害でしたが、ジャンゴは独自の奏法を身につけ、その後ステファン・グラッペリらと一緒に多くの傑作を残し、「ジプシースウィングの創始者」、「ヨーロッパ初の偉大なジャズミュージシャン」とも評されるほどの人物となりました。

名前は知っていましたが、左手が十分に動かないのにギターで有名になるというのはすごいですね。YouTubeで彼の演奏を見てみると、コードを弾くときに高音を押さえる以外、細かい音の動きなどはすべて人差し指と中指で行っています。

 

 

 

この論文では、彼が演奏しているときの映像から左手の動きを分析し、ほかのギタリストと彼の指の使い方を比較しています。人差し指と中指の外転が大きいとか、あるいはフレットに対して指をより平行に置く傾向が見られたとのことです。なんとかして使える指を駆使しようとした結果、このような違いが生じたということでしょう。

重要な論文ではないですが、ちょっと面白い取り組みだなぁということで紹介してみました。もうひとつ、彼とステファン・グラッペリが演奏しているいい感じの動画があったので、こちらもどうぞ。

 

 

 

 

 

Are portrait artists superior face recognizers? Limited impact of adult experience on face recognition ability.

Tree, Jeremy J.; Horry, Ruth; Riley, Howard; Wilmer, Jeremy B.
Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, Vol 43(4), Apr 2017, 667-676. http://dx.doi.org/10.1037/xhp0000328

 

 

絵を上手に描ける人っていいですよね。同じ物を見て描いているのになぜ自分はこんなに下手なのか、小学校からずーっと思っています。この研究はそんな私の長年の疑問を解決するほどのものではないですが、肖像画の授業を受けることで(おそらく顔の特徴などに意識が向きやすくなったりして)顔に対する記憶が向上するのでは?ということを調べた研究です。

対象は美術学校の学生さんでしょうか。1年間の授業の前後で顔の再認テストを比較したところ、成績に違いは見られませんでした。プロの肖像画家を対象として行った実験でも、顔や単語の再認で一般人との違いは見られませんでした。抽象画に関しては少し成績がよかったようですが、結論としては我々はふだん顔を覚えたりということをよく行っているので、顔の認識能力という点では我々と画家に違いはほとんどないということのようです。

 

 

 

It does exist! A left-to-right spatial–numerical association of response codes (SNARC) effect among native Hebrew speakers.

Zohar-Shai, Bar; Tzelgov, Joseph; Karni, Avi; Rubinsten, Orly
Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, Vol 43(4), Apr 2017, 719-728. http://dx.doi.org/10.1037/xhp0000336

 

SNARC効果とは、数の奇数偶数を判断させる課題において提示された数が大きいときには右側のキーで反応する方が早く、逆に小さい数が提示される場合には左側のキーで反応する方が早い、という現象のことです。この現象が起こる理由として、数字は小さい方から左→右という方向で表示されることが多いので、自然と数の表象が左から右へと空間的な方向性を持つものとして認識されているためと考えられています。

しかし、縦書きの文化を持つ日本では上から下へのSNARC効果が見られるかを調べた研究では、逆に下から上への効果が見られたそうで、読み方の習慣によって決まるものではないようです。

さて、世界にはたくさんの言語があるもので、アラビア語ヘブライ語は右から左へと文字を書いていきます。こういった言語を使っている人たちにはこれまでのような左から右へのSNARC効果が見られるのでしょうか?ということを調べたのがこの研究です。


ヘブライ語の話者を対象として実験したところ、よく使われている課題ではSNARC効果は見られなかったものの、MARC効果というものを抑えた別の課題ではしっかりしたSNARC効果が見られたとのことです。MARC効果というのがどういうものかは本文に当たらないとわかりませんが、SNARC効果が読み方の習慣によるものではないということを支持する証拠ということになりますかね。


Wikipediaにも縦書きと横書きという項目があって、左から書く言語と右から書く言語やヒエログリフはわりと自由だったことなどトリビア的な情報が書かれてます。やはり左から書く言語が多そうですが、右手で書くのに都合よいというのも理由の一つにあるかもしれません。