90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.72


先月初めの記事ですが、音楽を聴くときに涙や鳥肌が生じることについて、そのメカニズムの違いを調べた知人の研究がBritish Psychological societyのResearch Digestに紹介されていたのでご紹介を。

 

その論文はこちら。

 

私達は感極まると鳥肌が立ったり泣き出したりしますが、好きな音楽を聴いていて感動したときにもそうなることはよくあると思います。しかしこれまで、これらの現象は別々の状況で研究されてきました。また、涙については特に悲しい場面で生じる仕組みについての研究が多く、感動の涙というのはあまり検討されてこなかったようです。Scientific Reportに発表された彼らの論文では、音楽を使うことで感動によって生じる涙と鳥肌のメカニズムの直接比較を試みました。

実験では、音楽を聴いて感動したときに鳥肌と涙のどちらが出やすいかによってあらかじめ被験者を2つのグループに分けました。そして心拍・呼吸・発汗量といった生理的な指標を測定する装置をつけたまま、自分がもっとも感動するという種類の音楽を聴いてもらい、そのときの感情の変化、鳥肌や涙が生じたかについてリアルタイムに報告してもらいました。また曲終了後に全体を通して自分の感情評価をvalence(感情価)とarousal(覚醒度)について行い、曲に対してもhappy, sad, calm, fearの4つの点で主観評価を行いました。

生理指標の結果からは、音楽自体の音響的な影響をできるだけ排除しても、クライマックスで鳥肌が出やすい曲では覚醒度の上昇を示す反応が見られた一方、涙が出やすい曲では緊張からの開放を意味する呼吸数の低下や心拍の増加といった反応が見られました。

また、被験者の感情の主観評価については、涙が出やすい曲と鳥肌が出やすい曲の両方でvalenceの評価が高くなりました。Valenceは快-不快という軸で値を見ることが多いですが、この場合はどちらも曲を聞いたことで快の方に気持ちが動いたと見ることができます。しかし曲に対する主観評価では、鳥肌の出る曲をHappyと評価する割合が多かったのに比べ、涙が出る曲をsadとcalmとして評価する割合が高くなりました。

これらの結果からは、音楽で生じる涙と鳥肌は別物であることが示唆されました。また、涙が出る曲ではcalm(穏やか)という評価が高かったことから、音楽で生じる涙は恐怖からくる涙とは違い、緊張からの開放といったcatharsis(浄化)の意味合いを持つということも示唆しています。

 

この論文を紹介したブログでも書かれていますが、実験で用いた音楽は被験者のよく知っているものだったため、曲にまつわる過去の記憶の影響や、日本人を対象としているので文化間での違いというのもあるかもしれません。ただ、これまで感動による鳥肌を調べた研究はいくつかあるものの、感動による涙について調べたものは初めてということで、また新たな感情研究の方向ができたということになるのでしょうか。安直に考えれば、恐怖の涙と感動の涙で関与する脳部位も違ってくるだろうなぁということで、MRIで脳活動を見るという発送が出てきますが、果たして…

 

音楽の脳科学に関する論文集 vol.71

なんと先月のPVが1,000を越えていました!こんな大したことのないブログにたくさん来ていただいてありがとうございます。まだブログを書く余裕が残っているので、もう少しはがんばりたいと思います。

 

さて本日は脳機能測定のお話を3本。

 

 

聴性脳幹反応(Auditory Brainstem Response: ABR)は、音が聞こえてから数ミリ秒~数十ミリ秒の間に生じる脳幹部の反応で、聴覚野などとは異なり、音の物理的な性質を反映すると言われています。なので、例えば音の波形に応じた波形の反応が見られたり、その反応波形をスピーカーに流すと元の音が再現できるとか言われています。これは特に周波数追従反応(Frequency-following response: FFR)と呼ばれていますが、この反応が生じる神経メカニズムはよく分かっていません。

この論文では、言語刺激で生じたFFRの頭表分布や発生源推定、ABRから予測されるFFRとの比較など色々使ってこのメカニズムを調べました。するとFFRの発生源は中脳に推定され、ABRとは異なるものであること、耳朶周辺で見られたFFRはより末梢に近い部位で生じたものと解釈されました。

…が、この論文はいくつか疑問があって、まずは耳朶電極でFFRが見られているんですがそんなことがあるんでしょうか。そして発生源が脳の深部にある場合はMEGを使っていても疑わしいのに、MEGより空間分解能が悪いEEGで脳幹に発生源と言われてもどれだけ信頼性があるのか疑問です。さらに、ABRはとても小さいので筋電が入らないように気を付けるはずなんですが、この実験では測定中に字幕付きの映画(音なし)を見せています。ということは眼筋由来のノイズが入りまくってとても汚ないデータになっているはずで、うまく結果は出ていますが、実験のやり方がこれでいいのか非常に疑問ですね。

 

 

日本語の論文です。T1画像とT2画像での灰白質髄鞘の比率を求めたとのことですが、不勉強なもので、この比を使って何が言えるのかわかりません…

とりあえず、この比率と聴音テストの成績との関係を見たという論文です。アブストだけでは詳しく分かりませんが、このテストだけで相対音感を調べたというのは言いにくいんじゃ…

 

音楽における即興についてのレビューです。ジャズ、クラシック、フリースタイルラップの音楽家、そして一般人を対象としたfMRI研究に焦点を当てて前頭葉のネットワークの重要性を述べています。そしてPressingという人がモデルを提唱しているようなのですが、それとの関連性についても議論しています。そういえば邦楽系で即興ってあるんですかね。

 

 

論文紹介と人柱報告以外もしたいのですが、なにぶん地方住まいなのと、この時期は学会も少ないのであまりネタがありません。そういえば今年行われる学会を紹介するという手があったなぁ。あとは海外ニュースでも探しますか…

 

 

音楽の脳科学に関する論文集 vol.70

 さて、今年は年1回更新で終わらないようにしますよ!

今回は論文紹介ですが、まずは指慣らしということで軽めに。

 

 

ジャズギターの巨匠ジャンゴ・ラインハルトは子供の頃から音楽活動を行っていましたが、18歳のときに火事で大やけどを負い、左手の薬指と小指には障害が残ってしまいました。医者はギターの演奏はもう無理だと思うほどの障害でしたが、ジャンゴは独自の奏法を身につけ、その後ステファン・グラッペリらと一緒に多くの傑作を残し、「ジプシースウィングの創始者」、「ヨーロッパ初の偉大なジャズミュージシャン」とも評されるほどの人物となりました。

名前は知っていましたが、左手が十分に動かないのにギターで有名になるというのはすごいですね。YouTubeで彼の演奏を見てみると、コードを弾くときに高音を押さえる以外、細かい音の動きなどはすべて人差し指と中指で行っています。

 

 

 

この論文では、彼が演奏しているときの映像から左手の動きを分析し、ほかのギタリストと彼の指の使い方を比較しています。人差し指と中指の外転が大きいとか、あるいはフレットに対して指をより平行に置く傾向が見られたとのことです。なんとかして使える指を駆使しようとした結果、このような違いが生じたということでしょう。

重要な論文ではないですが、ちょっと面白い取り組みだなぁということで紹介してみました。もうひとつ、彼とステファン・グラッペリが演奏しているいい感じの動画があったので、こちらもどうぞ。

 

 

 

 

 

Are portrait artists superior face recognizers? Limited impact of adult experience on face recognition ability.

Tree, Jeremy J.; Horry, Ruth; Riley, Howard; Wilmer, Jeremy B.
Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, Vol 43(4), Apr 2017, 667-676. http://dx.doi.org/10.1037/xhp0000328

 

 

絵を上手に描ける人っていいですよね。同じ物を見て描いているのになぜ自分はこんなに下手なのか、小学校からずーっと思っています。この研究はそんな私の長年の疑問を解決するほどのものではないですが、肖像画の授業を受けることで(おそらく顔の特徴などに意識が向きやすくなったりして)顔に対する記憶が向上するのでは?ということを調べた研究です。

対象は美術学校の学生さんでしょうか。1年間の授業の前後で顔の再認テストを比較したところ、成績に違いは見られませんでした。プロの肖像画家を対象として行った実験でも、顔や単語の再認で一般人との違いは見られませんでした。抽象画に関しては少し成績がよかったようですが、結論としては我々はふだん顔を覚えたりということをよく行っているので、顔の認識能力という点では我々と画家に違いはほとんどないということのようです。

 

 

 

It does exist! A left-to-right spatial–numerical association of response codes (SNARC) effect among native Hebrew speakers.

Zohar-Shai, Bar; Tzelgov, Joseph; Karni, Avi; Rubinsten, Orly
Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, Vol 43(4), Apr 2017, 719-728. http://dx.doi.org/10.1037/xhp0000336

 

SNARC効果とは、数の奇数偶数を判断させる課題において提示された数が大きいときには右側のキーで反応する方が早く、逆に小さい数が提示される場合には左側のキーで反応する方が早い、という現象のことです。この現象が起こる理由として、数字は小さい方から左→右という方向で表示されることが多いので、自然と数の表象が左から右へと空間的な方向性を持つものとして認識されているためと考えられています。

しかし、縦書きの文化を持つ日本では上から下へのSNARC効果が見られるかを調べた研究では、逆に下から上への効果が見られたそうで、読み方の習慣によって決まるものではないようです。

さて、世界にはたくさんの言語があるもので、アラビア語ヘブライ語は右から左へと文字を書いていきます。こういった言語を使っている人たちにはこれまでのような左から右へのSNARC効果が見られるのでしょうか?ということを調べたのがこの研究です。


ヘブライ語の話者を対象として実験したところ、よく使われている課題ではSNARC効果は見られなかったものの、MARC効果というものを抑えた別の課題ではしっかりしたSNARC効果が見られたとのことです。MARC効果というのがどういうものかは本文に当たらないとわかりませんが、SNARC効果が読み方の習慣によるものではないということを支持する証拠ということになりますかね。


Wikipediaにも縦書きと横書きという項目があって、左から書く言語と右から書く言語やヒエログリフはわりと自由だったことなどトリビア的な情報が書かれてます。やはり左から書く言語が多そうですが、右手で書くのに都合よいというのも理由の一つにあるかもしれません。 

 

 

人柱的文献管理ソフト探索紀行その5

もはや年1回の更新しかしないのではないかという感じになってきましたが、気がつけばもう4月ですよということで新年度にふさわしく、PVのかせげる文献管理ソフトの記事をお送りしたいと思います(せこい)。

 

さて、ご存じのようにこの記事のコンセプトは、複数のPCによる文献管理の共有を無料で行うというものですが、ここ数年で文献管理業界(?)も大きな変化を迎えました。

 

私もこれまでTag2Find→ZoteroEvernote→Mendeleyと色々触ってきましたが、SugerSyncとMendeleyの組み合わせはなかなか相性がよく快適に使ってきました。しかしその後SugerSyncが有料化したことで断念し、その後はCubbyというソフトで共有をしてました。しかしこのCubbyも昨年ついに終了…ここに至ってすべてを無料で行うのはほぼ無理、という結論に達し、涙ながらに有料の物に手を出す事にしました。
 

 

手を出したのはずっと気になっていたReadCube。無料版でもかなり使えるソフトなので以前にも少し紹介しましたが、まだ単体では使いにくいところもありました。有料版のReadCube Proにすると、

  1. バイス間でライブラリを同期できる
  2. PDFをクラウドにアップロードできる(無制限?)
  3. ファイルのリネームができる
  4. 論文にタグをつけることができる

などといった感じで単体で使えるソフトになります。55ドル/年と少し高めですが、まあ使えるならいいかという感じで購入してみました。無料版の情報についてはインターネットにたくさんあるので、ここでは有料版の機能について簡単に紹介します。

 

 

1. デバイス間でライブラリを同期できる

これって無料版ではできないんでしたっけ?まあこれは最低限必要な機能なので、これができるというのは大前提になります。同期についてはほかのPCやiPadに入れたReadCubeで確認できたので、デバイスを気にせずに使えるようになりました。

 

2. PDFをクラウドにアップロードできる

これについても、1000個くらいのPDFをReadCubeに放り込んでみましたが、特に何もエラーも出ず、容量的な心配もないようです。

 

3. ファイルのリネームができる

これはMendeleyと同じ機能で、ReadCubeの無料版では半透明になって使えない「File Management」の下半分が使えるようになります。

 

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使えるようになるのは、PDFを置いておくフォルダの構成変更と、PDFの名前を筆頭著者、最終著者、タイトル、発行年、雑誌名の組み合わせで変更するための設定です。

 

4. 論文にタグをつけることができる

これがないと大量のPDFから目当ての論文を見つけるのが非常に手間なので、この機能はありがたいですね。

 

ReadCubeに論文をインポートした後で、

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論文の情報が見られる右側の画面で、アブストラクトの下には「NOTES」というメモ欄がありますが、ここに#(シャープ)+タグ名を入れることで、タグとして認識されます。

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しかし、例えばここでの「time perception」のように2つ以上の単語をスペースでつないだものは最初の単語しかタグとして認識されません。スペースを空けないで「#TimePerception」のようにすれば大丈夫。

 

作ったタグ名は画面左の「Tags」欄に現れます。このタグをクリックすれば、関連する論文を一本釣りすることができます。ただ、このタグ検索の精度が非常に悪い… どういう仕組なのか、全然関係ない論文も一緒に引っかかってくるのでなんとかしていただきたいところです。

 

 

 

そしてこれは有料版ということに関係ないかもしれませんが、論文のインポートができない場合が時々あります。日本語の論文や古い論文については仕方ないところもありますが、なぜかJournal of Cognitive Neuroscienceとの相性がよくない…

 

インポートがうまくいかない場合、何度やってもこんな感じで、

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この画像上部のように「importing... 」となったままここから進みません。また、上の画像で2番目にあるPDFのように変な名前で登録されてしまうことも時々あり、それを直しても同期が終わると元に戻ってしまうのでどうしようもない…

 

 

 

 

まとめると、ReadCube Proを使うことで

【メリット】

  • バイス間でライブラリを同期できる
  • PDFをクラウドにアップロードできる(無制限?)
  • ファイルのリネームができる
  • 論文にタグをつけることができる

 

【デメリット】

  • タグ検索の精度がとても悪い
  • インポートできない論文がMendeleyよりも多い

 

といった感じでしょうか。複数PCでの同期という点では非常に評価高いんですが、ソフトとしての機能がちょっと…

 

さらに、これは使っていて気がついたのですが、インターネットにつながっていないとProの機能が使えません。これは痛い。都会なら至る所に無料wifiが飛んでいるかもしれませんが、田舎ではそんなことはないのでこれは痛い。

 

しかもReadCubeは検索と管理がひとつのソフトでできるというのも売りの一つですが、私はReadCubeを使いながら検索はwebブラウザでやっていることに気がついてしまいました。これではReadCubeを使うメリットがあまりない。せっかく高いお金を払ったのに、同期以外の点ではまだまだ改良の余地ありです。さてどうしようか…

 

 

 

 

 

 

 

音楽の脳科学に関する論文集 vol.69

えー、どうも、天災と並び称されるほど忘れたころにやってくるブログの更新です。

結局ほぼ1年更新をしていなかったのですが、それでもなぜか月に100人以上の方にアクセスしていただき、非常に心苦しく思っていました…

まあ、そのほとんどはReadCubeとMendeleyの記事へのアクセスだったのですがね。ReadCubeは最近さらに便利になったとか?なので、近いうちにまた触ってみたいと思います。何かお役に立てそうな機能があったら、こちらで紹介させていただこうかと。

 

さて、4月からもとりあえず1年は生きていける事が決まりましたので、生存報告とともに、久しぶりの論文紹介です。

 

Novembre G, Varlet M, Muawiyath S, Stevens CJ, Keller PE.

 

 音楽はほぼ全ての地域に存在する、という音楽の普遍性については多くの研究で報告されていますが、この理由は分かっていません。また、これに関する研究も音楽を聴くことに対するものが多く、訓練や経験が必要となる演奏や、共演者との関係性についてはあまり注目されてきませんでした。

この論文は、音楽演奏と共演者との相互作用について音楽経験のない非音楽家を対象として研究することができるように、新しい実験装置を作ってみたというものです。

装置は手回しオルゴールを真似たもので、決められた曲しか演奏できないようですが、その速度を被験者自身が調整できるようになっています。二人の被験者が先導する人と追従する人に分かれ、それぞれの装置を動かすことで、二つのパートを持つ曲を演奏するという形になるようです。

論文では実際に実験を行い、先導者役と追従者役に応じて演奏の同期が変化したり、非音楽家でも音楽家の演奏に見られるように低音担当がより同期に影響を与えるといった結果が見られました。

そしてこれを踏まえて、音楽家を対象とすれば避けられない音楽訓練の影響を受けることなく、非音楽家を対象として音楽演奏と共演者との相互作用について研究できるだろう、と述べています。

 

 

Nitta N, Jito J, Nozaki K.

 

 音楽に合わせて激しく頭を振るヘッドバング(headbang)によって硬膜下血腫が生じたという大変おもしろ…もとい珍しい症例の報告です。とは言っても、患者さんは赤ちゃんの頃にベビーカーから落ちて同じような血腫が生じており、今回はそれが再発したということらしいのですが、結論がふるってます。