90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.22

A Biological Rationale for Musical Scales.
Kamraan Z. Gill & Dale Purves.
PLoS One 2009, 4(12), e8144.


たまに面白い論文が出てくるPLoS Oneですが、先週のPubMedアラートに
こんなユニークなものが載っていたのでご紹介。


クラシック音楽では、1オクターブの中の7音あるいは5音の組み合わせで
音階が出来ています。面白いことに、クラシックだけでなく多くの民族音楽では
同じように7つあるいは5つの音の組み合わせで音階が作られているそうです。


しかし、使える音は多いほど音程の組み合わせも増えますし、それにより
もっと多くのことを表現できるはずです。人間の聴覚能力を持ってすれば
1オクターブ内を240個の音に分ける事も可能で、それにも関わらず少数の
決まった音しか使わない、というのは不思議な話です。


このように、音階を構成する音程がどういう基準で選ばれているのか、という
疑問は昔からあって、音階は和声や音程が安定(調和)する感じの強さ
(Consonant Curve)によって決まるとか、隣り合う音程の周波数比を
小さい数にしようとする力と音程の幅を等しくしようとする力のバランスで
決まるとか、いくつか説はあったようです。


著者たちは、音階を構成する音程の組み合わせから周波数比に基づく
Percentage Similarityというものを計算し、それぞれの音階の平均の
Similarityを比べてみました。その結果、我々がよく使う音階はその値が
高いものが多いという結果が得られました。


論文では、音階における2つの音のSimilarityを周波数比x:y(完全5度なら2:3)
から以下のように求めています。

Similarity(%) = (x+y-1)/x*y*100

分母が掛け算なので、xとyの値が大きいほどSimilarityは小さくなります。


周波数比は小さいほど「協和」した音程であり、またきれいに聴こえる
ことを考えるとSimilarity = 協和感とも言えるわけで、結局きれいに
聴こえる音程を集めた音階が好まれる、という事になるのでしょうか。


著者たちはこの結果を、多くの周波数を含む音、例えば声などへの
聴覚系の適応という観点から解釈しています。つまり、我々は常に
色々な周波数の倍音を含んだ声や音を聞いており、聴覚系もそれに
対応するように発達しているので、そうした音に似た音階が好まれる
ようになった、というものです。まあ正直この解釈はどうかと思いますが…




結果自体キレイなものではなく考察部分であれこれ言い訳じみた解釈を
していたり、Webサイト上でも今回の結果と合わない例がコメントとして
挙げられていたりと今イチ感も否めませんが、この論文を読むまでどうして
音階がごく少数の音から構成されているのか、という疑問は全く思いつきも
しませんでした。そういう意味では着眼点がユニークで面白い論文じゃないかと
思うのですが、いかがでしょうか。