90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.33

Are left fronto-temporal brain areas a prerequisite for normal music-syntactic processing?
Cortex. 2010 Jun 4. [Epub ahead of print]
Sammler D, Koelsch S, Friederici AD.


マックスプランク研究所からの論文ですが、筆頭著者のSammlerさんは見た目とても
おだやかそうな女性です。確か職場を移るという話で、その送別会的なセミナーを
聞きに行ったのですが、言語と音楽における文法処理の研究を非常に分かりやすく
説明していてとても印象的でした。


音楽的に間違った進行の和音列を聴かせた場合、Early Right Anterior Negativity
(ERAN)と呼ばれる特徴的な脳波が生じることが知られています。先行研究からは
ブローカ野が発生源といわれており、元々は言語の文法処理に関与することが
知られていたこの領域は、音楽における文法(厳密に言えば和声進行の順序)処理
にも関わっているのではと考えられています。


研究では、ブローカ野周辺に障害を負った患者さんを対象にERANを測定したところ、
障害から7ヶ月後の患者さんはERANが見られず、和音の弁別成績もチャンスレベルでした。
障害から4年以上経過した患者さんたちはERANが見られたものの、脳表における
電位分布は健常者とは異なり、弁別成績も良くありませんでした。


この結果は音楽の「文法」処理とブローカ野との関連性を示しており、言語だけでなく
より一般的なレベルの処理がブローカ野で行われていることが示唆されます。




The effects of music on time perception and performance of a driving game.
Scand J Psychol. 2010 Jun 29. [Epub ahead of print]
Cassidy GG, Macdonald RA.


課題を行う最中のBGMとしての音楽の効果については、モーツァルト効果との関連性も
あって色々と議論がありまた興味を引かれるテーマですが、この研究ではカーレースの
ゲームをするときにBGMのテンポがどのような影響を与えるかを調べました。


無音、車の音だけ、自分で選んだBGMと車の音などいくつかの条件下でカーレースの
スピードやタイム、ゲーム参加者の時間感覚などを調べた結果、参加者が自分で選んだ
音楽では時間が長く感じられ、ミスは多くなるものの楽しいと感じるという傾向が
見られました。一方で、実験者が選んだ音楽では成績も楽しさも低かったようで、
自分で選んだ音楽の方がその人の中では何らかの意味や結びつきがあり、それが
課題への集中をもたらすのではないかと解釈されています。


モーツァルト効果もこうした側面があるのではないでしょうか。人によっては
モーツァルトよりもハードロックの方が良い影響を与えることもあると思うので、
ぜひKISS効果とかメタリカ効果とか見つけてほしいものです。(笑)




Cortical structure predicts success in performing musical transformation judgments.
Neuroimage. 2010 Jun 23. [Epub ahead of print]
Foster NE, Zatorre RJ.


以前、相対音感に関連した脳部位という報告を紹介しましたが、その人たちが
今度は相対音感と脳構造との関係を調べた、という論文です。


基本的には前の論文と同じで、機能を見る代わりに構造を見たというものです。
色々なレベルの音楽経験者を対象にして相対音感テストを行い、成績の良し悪しと
関連して大きさや皮質の厚さに違いが見られる脳部位を探したところ、右側の
Heschl's Gyrus(HG)と両側のInferior Parietal Sulcus (IPS)が見つかりました。


HGは音楽経験による構造の違いが先行研究からも知られており、相対音感との
関連性は薄いかもしれませんが、IPSについては前の論文で相対音感テストとの
関連性が示された部位と一致しており、IPSが刺激間の関係を保ったまま
変換するような高度な処理に関わっているものと示唆されます。