90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.46


実験が終わったと思ったら論文の再提出の締め切りが迫ってきたり
公募の締め切りが来たりと、心に全然余裕がなかったここ数週間でしたが、
ようやく一段落着くことができました。まだ終わってないけど(汗)



Neural correlates of strategy use during auditory working memory in musicians and non-musicians.
Eur J Neurosci. 2010 Nov 14. doi: 10.1111/j.1460-9568.2010.07470.x. [Epub ahead of print]
Schulze K, Mueller K, Koelsch S.


ワーキングメモリーにはある程度の容量がありますが、語呂合わせで意味を
持たせたり、似ている刺激はまとめたりひと工夫することで、効率よく
たくさんの情報を記憶することができます。


こうした賢い方法による効率的な記憶に関連すると言われているのが、
両側のdorsolateral Prefrontal cortex(DLPFC)やInferior Parietal Lobe(IPL)です。
これらの部位は視空間的な刺激や言語刺激などを用いて調べられ、記憶術(?)の
種類に関わらず、活動が見られています。


音楽のメロディを覚える際にも、音を一つ一つ覚えていくよりもフレーズや
リズムでまとめたりすることで効率よく記憶していると予想できますが、
言語以外の音刺激をこうした方法で記憶する際にDLPFCやIPLが関係しているのか
調べた研究はほとんどなく、それなら一丁やったろかというのがこの研究です。


音楽家と非音楽家を対象として、ひとつの調性から作ったメロディ(tonal)と
調性にかまわず作ったメロディ(atonal)を使った遅延再認課題を行ったところ、
音楽家の成績はtonal > atonalだった一方、非音楽家はどちらのメロディもあまり
出来がよくありませんでした。


この課題をしている最中の脳活動をfMRIで測定したところ、音楽家は再認時に
Inferior Parietal Sulcus(IPS)やらPremotor cortex(PMC)やらfrontal-parietalな
ネットワークにtonal > atonalな違いが見られた一方、非音楽家ではtonalとatonalで
違いは見られませんでした。


言われているようなDLPFCの活動はそれほど大きくなかったようですが、
これまでの研究のように、メロディのワーキングメモリ課題における
賢い記憶方略(著者たちはメロディの音程をどうにか利用しているのではと
予想していますが)には、frontal-parietalなネットワークが関連している
という結論になったようです。





Absolute Pitch: Effects of Timbre on Note-Naming Ability
PLoS One. 2010 Nov 11;5(11):e15449.
Vanzella P, Schellenberg EG.


絶対音感というのはピッチを聴けばすぐに音名がわかるという能力ですが、
その能力を持つ人の頭の中では、音程と言語的なラベルとの間に強いつながり
が出来ていると考えられています。以前にレビューしたように、この能力には
幼いときからの音楽経験が不可欠となっています。


この経験というのが絶対音感の大きな要因になっているのか、特定の楽器の音
しか分からないとか純音は分からないとか、音色の違いが絶対音感能力に干渉
することが知られています。面白いのは、これまでの研究で人間の音声を刺激に
使ったものがほとんどないことです。これは、人間の声は音程が不安定であると
いう問題があるためですが、経験という観点から見れば音声ほど多くの聴取経験
を持っている音色はないと言えます。そこでこの研究では、音声、それと似せた
合成音、ピアノ音、純音を使って絶対音感保持者の能力評価を行いました。


実験はweb上で行われ、音を聴いて画面上のキーボードをクリックすることで
音名を答えるという方法が取られました。web実験ということで、ブラジルや
アメリカ、ヨーロッパやカナダといった広い地域から198人もの絶対音感保持者
(程度は様々ですが)が集まったようです。


最も正しく音程を答えられたのはピアノ音で、音声と合成音に違いはなかった
ものの、純音よりも低い正答率を示し、これはピッチの命名という言語的な
処理に音声という言語情報が干渉したのでは解釈されました。


年齢で被験者を区切って分析すると、大体7歳以前から音楽を習い始めた人は
それより遅くに始めた人よりも良い成績を示していましたが、始めた年齢が低い
ほど成績が良いかというと、そういう傾向は見られませんでした。




面白いのは、比較的遅い時期(7歳以降)から音楽を始めた人の中では、
ピアノを始めた人の方が他の楽器を始めた人よりも成績が良かったことです。
これは絶対音感におけるcritical periodを伸ばすのに使えるかもしれません。
また、「固定ド」で音楽を習った人と「移動ド」で習った人を比べた結果に
違いは見られませんでしたが、固定ドの方が絶対音感が生まれやすいという
研究もあり、これらの違いが与える影響についてはまだ分からないようです。