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90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

ストラディバリか新品か?

あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりましたとともに、
更新が滞るにも関わらずお越しいただきありがとうございます。今年の目標は
(最低)週一回更新ということにして、細々とやっていきたいと思います。
さて、新年第一回目のニュースはこちら。

Player preferences among new and old violins.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Jan 3. [Epub ahead of print]
Fritz C, Curtin J, Poitevineau J, Morrel-Samuels P, Tao FC.

バイオリン製作者の二大巨頭といえば、アントニオ・ストラディバリ
ジュゼッペ・グァルネリが挙げられますが、彼らの作ったバイオリンは
400年以上経った今でも非常に価値があるとされ、時には1台数億円で
オークションにかけられたとニュースになる事もあります。


なぜ彼らの作ったバイオリンは現代の製作者が作った新しいものより高い
評価がされているのでしょうか。多くのバイオリニストが彼らの楽器は
素晴らしいと言い、その理由として木の材質やニス、制作技術の違いが
指摘されています。ところが驚いたことに、実際にストラディバリと現代
の楽器を弾き比べたり聞き比べたりした研究はこれまでなかったそうです。


そこでこの研究では実際にストラディバリとグァルネリの作った楽器を
借り、プロのバイオリニストや国際コンクールの参加者の協力を得て
実際にストラディバリとグァルネリ、そして現代の製作者が作った
バイオリンを弾き比べてもらい、その良し悪しを評価してもらいました。


使われたのはストラディバリが2本(制作年代は1700年頃と1715年頃)
グァルネリが1本(同1740年頃)、そして現代のものが3本となっています。
3本のオールドバイオリンの総額はなんと1000万ドル!(1億円くらい?)
そしてそれらの弾き比べをするのは、アメリカのインディアナポリス
4年ごとに行われる国際コンクールの参加者、審査員、そして地元の
インディアナポリス交響楽団の団員というプロ奏者ばかり21人です。


実験は2つのセッションからなり、まずは6台のうち新旧1台ずつを用いて
どちらの楽器が好きかを判断してもらいます。続いて、6台を弾いて最も
好きな1台と気に入らない1台を決めてもらいます。また音色の幅、広がり、
弾きやすさと反応の良さという4つの観点からそれぞれのバイオリンを
評価してもらいました。


実験はホテルの一室を使って行われたんですが、部屋の照明は薄暗くして
参加者はゴーグルをかけ、また楽器を交換するときはカーテンで仕切った
奥から1台ずつ渡すことで、楽器の見た目による先入観を除いています。
また楽器の匂いを消すために、顎当てのところに香水をつけるという
念の入れよう。


こうして純粋に弾いたときの印象だけを元に評価してもらったところ、
新旧1台ずつを比較したセッションでは、なぜか1台のストラディバリ
どの新品と比較しても評価が悪かったものの、ほかの組み合わせでは
新しい方が好きと答えた人と古い方が好きと答えた人の割合は半々でした。
また、このセッションでは評価の一貫性を見るためにひとつだけ同じペア
を2回評価させましたが、2回とも同じ評価をした参加者は21人中11人
しかいませんでした。


また、6台のバイオリンを順番に弾いて印象を答えるセッションでは、
弾きやすさや反応の良さにおいて新品の評価が有意に高かったものの
それ以外は特に違いは見られず、むしろ各バイオリンの個性が出た
結果となりました。面白いのは、6台の中でもっとも好まれたのは
新品のうち1台で、逆に最も気に入らないと答えた人が多かったのは
最初のセッションで評価が悪かったストラディバリでした。また製作者
を答えさせた場合では正解者は21人中3人しかいませんでした。


結論として、参加者の人たちは新品よりもストラディバリやグァルネリ
を好むとは言えず、またそれらを区別することができませんでした。
むしろ楽器の良し悪しに対する判断には、彼ら個人の好みや楽器の
個性が影響を与えていることが分かりました。従って、今後の研究は
ストラディバリの秘密を探るよりも、バイオリンの良さはどのように
評価されるのかという点に焦点を当てた方がいいかもしれない、と
いうことのようです。




この研究は割とインパクトがあったようで、多くのニュースで紹介
されていました。確かに、ストラディバリ=いいものみたいな見方が
一般的でしたから、プロでも新品と区別できないという結果は衝撃
ですね。掲載された雑誌のインパクトファクターも高く、しかもコネが
大きな力を発揮することもあるcontributed submissionではなく
正当なレビューの手順を踏むdirect submissionだったということで、
割と信頼性も高いのではないでしょうか。


ところで、昨年の6月には大震災支援のためにストラディバリ制作の
バイオリン「レディ・ブラント」がオークションにかけられ、約12億円で
売却された様子。バイオリンが持つ歴史的な価値も含めての値段
ではありますが、この研究の結果を考えると…