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90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 番外編vol.3

思い出したようにレビューを紹介します(笑)
ちょっと公表された年は古いですが、あんまりメジャーなトピックではなさそう
なので、現在でもそれほど研究は進んでいないのではないでしょうか。


Lateralization of auditory-cortex functions.
Brain Res Brain Res Rev, December 1, 2003; 43(3): 231-46.
M Tervaniemi and K Hugdahl

今回のレビューは、「聴覚野機能の左右差」についてです。
聴覚情報処理における左右の聴覚野とその周辺領域の機能については、
1800年代から主に脳障害の患者を対象として調べられてきました。
ちなみに聴覚野の場所はこちら。



このレビューでは、聴覚の情報処理における左右半球への偏りについて
構造と機能の両面から研究を振り返ります。結論から言うと、多くの研究
において言語処理では左半球の働きが、非言語の処理では右半球の働き
が重要であることが示されています。



解剖学的な左右差

解剖学的に言えば、聴覚野周辺ほど左右差が見られる部位は少ないようです。
特に、左半球のPlanum Temporale(PT)が右半球よりも大きいという事は
死後脳やMRI Volumetryを用いた多くの研究(これとか)で指摘されています。


PTはSuperior Temporal Gyrus(STG)にあり、Heschl's Gyrus(HG)の前方、
Sylvian fissureの後方に位置します。ここは言語/非言語に関わらず
音の処理を司る聴覚連合野と考えられています。



PTのサイズの偏りは、人間だけでなく類人猿でも見られます。ある論文では
人間よりも多くのサルにこの傾向が見られたことから、言語を持たない動物
の方が左半球のPTのサイズが大きいという可能性も考えられるのですが、
そもそも「どこまでをPTとするか」という定義がそれぞれの研究によって違う、
という厄介な問題があります。同じ研究でも左右半球で違っていたり、さらに
脳構造は個人差が大きく、あるメタ分析によると、測定した脳の中でPTのサイズ
に左右差が見られた割合は研究間で66-84%と大きくばらついています。



機能的な左右差

聴覚系における機能的な左右差を調べた最初の研究はMazziottaら(1982)で、
PETを使って言語刺激(推理小説の音読)と非言語刺激(楽音と和音)に対する
脳活動を測定しました。言語刺激に対しては左半球の活動が大きく、非言語刺激
では逆に右半球の方に大きな活動が見られました。


細かく見ると、Superior Temporal Gyrus (STG)やPTは言語刺激に対して左右同じ
程度の活動を示し、左半球優位が見られるのはもっと前方のSuperior Temporal
Sulcus(STS)やMedial Temporal Gyrus(MTG)とする研究もあります。この事から、
STG/PTは種類に関わらず音の基礎的な特徴処理を担い、言語に関係した
より高次な処理をSTS/MTGが担うと考える研究者もいます。


しかし、PTで言語刺激に対する左半球優位性が見られるという報告もあります。
特に、まだ言葉を話せない幼児を対象としたfMRIでHeschl's Gyrus(HG)、STG, STSや
PTの活動に左半球優位性が見られたことは、左右差の発達という点から見て
重要かもしれません。


言語だけでなく、空間的な情報処理についてもSTG/PTの左右非対称な活動が
見られるとする研究もありますが、スピーカーを使った場合とイヤホンを使った場合
で結果が違ったりと、まだはっきりした事は分かっていません。



行動レベルでの左右差

心理学の分野では、両耳分離聴という実験方法があります。これは、左右の耳に
異なる種類の音を聞かせ、どちらか片方の耳に聞こえた音を答えさせるという課題
ですが、このときに右耳への音に対する反応の方が左耳への音よりも正答率が
高い傾向にあり、Right Ear Advantage(REA)と呼ばれています。耳から入った刺激は
左右両方の聴覚野に到達しますが、反対側からの入力のほうが同側よりも比較的
強いためにREAが生じると考えられています。



ミスマッチ反応における左右差

ミスマッチ反応(Mismatch Negativity:MMN)は同一種類の音列を聞かせているときに
突然違う種類の音を聞かせることで生じる脳波の一種です。この反応は、参加者が
音に注意を払っていなくても生じることから、いわゆる前注意的(pre-attentive)な
音の処理過程を調べるのによく利用されます。



ミスマッチ反応と言語/音楽処理における左右差

フィンランド語とエストニア語の似たような母音を使って行った研究では、生じた
ミスマッチ反応は参加者の注意の有無に関わらず左半球優位でした。さらに、
母音と和音を使った研究では、母音に対するミスマッチ反応が左半球優位だった
一方で、和音へのミスマッチ反応は右半球優位となり、前注意的なプロセスに
おいても機能的な左右差は存在するものと考えられます。



左右差が生じない場合

言語に対する左半球優位性はそれほど安定して見られるものではなく、例えば
フォルマントに周波数フィルターをかけることで言葉らしさを減らしたり、背景に
ノイズがあったりすると、ミスマッチ反応も左半球優位を失っていきます。
これらは、言語処理に関する左半球の機能がデリケートなものであることを
示していると思われます。



左右差の異常がもたらすもの

失読症や言語発達障害(SLI)の患者は、言語に含まれるフォルマントのように
音の時間的な情報処理が苦手であることが知られています。こうした患者では
STG/PTのサイズが小さいという報告もあり、STG/PTのサイズとこれらの障害には
何らかの関係があるのかもしれません。


さらに、統合失調症も左半球のSTG/PTの障害との関連性が指摘されており、それが
言語処理の障害や幻聴などの症状の原因の一つである可能性も言われています。
それを支持するように、統合失調症患者における左半球のSTGのサイズは健常者より
小さいとする報告があり、また両耳分離聴の実験で患者にはREAが見られないという
報告もあります。


以上のような障害を引き起こす要因のほかに、特殊能力を引き起こす要因としての
左右差の異常もあります。絶対音感を持つ音楽家のPTのサイズは、普通の人よりも
左半球に偏りが見られます。その後の研究によって、彼らのPTの左右差は左半球の
拡大というよりは右半球が小さくなったため、ということが示されました。
この事から、絶対音感保持者はピッチ処理に必要な右半球が小さいため、左半球の
言語処理機能を拝借しているという可能性も考えられます。



まとめ

まとめると、行動実験から脳機能測定までの広い範囲において、言語の音は左半球
優位に処理され、音楽の音は右半球優位に処理されるという傾向が見られます。


そのメカニズムの一つとして考えられているのは、左半球が音の時間的な変化を
処理し、右半球はスペクトル的な変化を処理するというモデルです。また、時間と
スペクトルという質的な違いではなく、左半球の方が右半球よりも時間的に細かい
音の変化を処理できる、と量的な違いとして考える研究者もいます。


どちらが正しいかはまだ分かりませんが、左右の機能的な違いを裏付けるような
解剖学的な証拠がZatorreらにより示されています。


しかし、両耳分離聴などの行動レベルで見られる左右差は簡単に崩れてしまいます。
また、個人差は大きいし失読症絶対音感などによる影響もあることから、もし言語と
音楽の処理過程の違いを調べようとする際には、こうした影響がある事を十分に
考慮する必要があります。