90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

ムーディなマクドナルド?

今日は時間がないので簡単に…

Softer Fast Food Restaurant Lighting and Music Can Cut Calorie Intake 18 Percent
(Science Dailyより)


ムーディなレストランでオシャレにディナーを…なんていいますが、
こういうときは普段よりもついついお腹いっぱいに食べてしまいがちです。


ところが調べてみると、抑えた照明と静かな音楽があるところで食事を取る時は
普段のレストランで食べるより量が減り、18%もカロリー控えめになる一方で、
食事への満足度は高くなる、という研究についての記事です。


これは特にファーストフードのレストランにとって重要な情報だろう、と著者の
Brian Wansnik教授は述べていますが、お店側にとっては、ムーディな
雰囲気にした方がいいのかしない方がいいのか微妙なところですね。


どうでもいいですが、Wansnik教授の研究室のwebサイトが良い感じです。



A Little Music Training Goes a Long Way: Practicing Music for Only Few Years in Childhood Helps Improve Adult Brain
(Science Dailyより)


先週のJournal of Neuroscienceに載った論文についての記事です。
聴性脳幹反応(ABR)という、音に対して脳幹部で生じる活動がありますが、
これは聞こえてきた音と同じ様な形で反応するそうです。つまり、1000Hz
の音を聞かせると同じ様に1000Hzの波形が見られるし、「da」という声を
聴かせると、その波形と同じような活動が見られるというらしいです。
たしか…(汗)


論文では異なる量の音楽経験を持つ人々に対して音に対するABRを
測定したところ、音楽経験が多いほど音に対する反応がきれいに
見られたということです。


この研究はNorthwestern大学のNina Kraus教授の研究室で行われ
ましたが、Kraus教授はABRを用いて多くの論文を出しています。
記事によると、彼女は「現在のあなたを作るのは過去の自分である」
というのをテーマにしており、今回の研究もこれを裏付けるものだ
と述べています。

音楽と鳥の歌は無関係だった!?

Birdsong Not Music, After All
(ScienceNOWより)

鳥の歌をまねたのが音楽の起源だという説がありますが、実際に聞いてみると
確かに歌っているみたいに聞こえますよね。



鳥の歌と音楽との関連性についてはこれまで色々なところで色々な人が色々な
事を言ってますが、科学的な手法で確かめた人はほとんどいませんでした。
で、統計的な手法を使って調べてみたのがこちらで紹介されている研究です。


ナイチンゲールという鳥はサヨナキドリとも呼ばれ、とても美しい鳴き声で
知られています。この鳥の鳴き声は主に周波数だけを変化させているそうで、
この研究では、ナイチンゲールの鳴き声における周波数変化の幅がどれだけ
和声的な音程(完全5度など)に近いかを調べました。また比較対象として
クラシック、ジャズ、ポップスからいくつか曲を選び、それらについても
音程の幅がどれだけ和声的なものに近いかを調べました。


分析の結果、ナイチンゲールの鳴き声はほとんど和声的な音程になっておらず、
音楽的な音程とは無関係であることが示されました。この結果について、
音楽研究の大家であるRobert Zatorre教授は「我々が全く知らない外国語を
聞いたとき、自分の母国語で似たような響きの言葉として認識する(いわゆる
空耳ですね)ことがあるが、同じようにナイチンゲールの鳴き声も、我々が
使う音楽の音程に似ているところだけを取り出して、音楽として聴いている
のではないか。」と述べています。


個人的には音楽と鳥の歌には関連性がないだろうと思っているので、この結果
についてもふーんという感じではあるのですが、この研究については、記事中に
コメントがあるように、鳴き声を比較したのが西洋音楽で和声的とされる音程
だけなので、この研究からすぐに音楽と鳥の歌とは関係ないとは言えません。
その意味ではこのScienceNOWの記事のタイトルは大げさ過ぎで、いわゆる
「釣り」タイトルと呼べるでしょう。そしてそれにまんまと乗ってしまったのが
私というわけですね(笑)

音楽の脳科学に関する論文集 vol.59

気がついたら8月ですね…(遠い目)
さて今回は論文というかエッセイの紹介です。

Using science songs to enhance learning: an interdisciplinary approach
CBE Life Sci Educ. 2012 Spring;11(1):26-30.[Free article]
Crowther G.


小学生のころ九九を覚えるための歌というのがありました。
こんなやつ。


このように音楽を使って教育を行うことは、小学校くらいではけっこう身近ですが
大学生くらいになるとほとんど見ることがありません。このエッセイでは教育に
音楽を導入することの効果について、著者自身の経験を踏まえて述べています。




音楽が教育に影響を与える可能性:
1. 記憶を促進させる?
事柄を覚えやすくするため、いわば記憶術として歌を使うというのが一般的な
利用法だと思いますが、九九の歌に代表されるように、この方法はやはり記憶を
促進するようです。最近のレビューでは、ほかの記憶術と比べても音楽として
覚えた方が正確であると述べられています。音楽は感情も刺激するので、
そういった点からも記憶に残りやすいのかもしれません。


2. ストレスを軽減する?
科学の授業といえば白衣を着て実験をするといったイメージがありますが、
そうした普段とは異なる環境に置かれることで、学生がストレスを感じる
こともあるかもしれません。音楽には心拍や呼吸、血圧を下げる効果がある
ことが知られているので、そうしたストレス軽減の効果も、音楽を使う
ひとつのメリットとして挙げられるのではないでしょうか。


3. 複数の感覚を刺激する?
何かを勉強するとき、ただ覚えるよりも声に出してみたり自分で書いたりと
色々な手段を取った方が覚えやすいということがよく言われます。これは
覚えるときに脳のいろいろな場所を活動させた方が記憶に残りやすいだろう
ということなのですが、音楽も脳のいろいろな場所に活動を引き起こします。
(音楽をただ聴くだけでも、聴覚だけでなく運動に関連した場所が活動する
ことが報告されています)。この点からも音楽が勉強に良い効果を与える事が
期待できそうです。


4. より楽しめる?
私たちは楽しいことをするときは時間を忘れるほど長続きしますが、音楽を
使うことで勉強が楽しくなれば、必然的に勉強時間が増えることが期待できる
でしょう。実際に調べたところでは、音楽を使うことで授業が楽しかったと
いう生徒の反応が見られたようです。


5. 内容の深い理解につながる?
ある事柄を自分の言葉で説明する(writing to learn)ということが、その事柄の
より一層の理解につながることが知られていますが、自分たちでscience songを
作ることも、例えばどのような言葉を使って歌詞を作るかといった作業によって、
勉強した事柄を一層理解することになり、これと同じ効果が見られることが
期待できそうです。




実際の教育現場で見られる音楽の効果:
上で述べた仮説のいくつかについては、実際の教育現場でも実現可能だろうと
言われています。実際に検証してみた研究もいくつかありますが、まだ試行錯誤
というか予備実験のような段階で、きちんとした追試が必要だと著者は述べて
います。


音楽が教育に良い効果を与えることを明らかにするためには、どのような介入が
教育に効果を与えるか、また何を測定すればいいのか、といった方法の面について
洗練させる必要があります。測定するものについては、例えばどれだけ九九を
覚えられたかを九九の歌を使う群と使わない群で比較すればいいでしょうが、
もっと複雑な概念理解における音楽の効果を調べるといった場合については、
気をつけないと結果の解釈を間違う可能性もあります。


とはいえ、面白い研究もいくつか見られるようになってきており、先に述べた
仮説の検証だけでなく、生徒のキャラクターと音楽との相性や、短期的な効果
だけでなく長期的な効果についても調べる価値はあるでしょう。ただ研究方法に
ついて言えば、一人の教師がある特定のクラスを対象とした研究が多いので、
実験デザインに含まれるバイアスを除くためにも、複数の教師によって大勢の
クラスを対象として行った方がもっと正確に音楽の効果を調べられるのでは
ないでしょうか。


実践のために
実際に教育現場でどのように音楽を利用するかについては、単に面白い歌が
あると生徒に教えることから、生徒に自分で歌を作ってもらうことまで、
様々な方法があります。SingAboutScience.orgというwebサイトにはなんと
6000曲以上(!)の科学についての歌が登録されているようです。


では、特に音楽が効果的であるような教育のトピックはあるのでしょうか。
著者は、概念的な誤解や情報が持つ階層構造がつかめないといったときに
音楽が効果的だと考えているようです。そういった状況になったときに
歌を歌ったりあるいは自分で歌を作ったりすることで、それまで自分で
理解したと思っている概念などを新しい視点で見ることができ、理解が
深まるのでしょう。


1. 別の誰かが作った歌を使う
音楽を使って教えるためのアドバイスは、すでにいくつかの論文で示されて
います。著者自身が音楽を使う理由としては、教える内容について興味を
持たせるためや、何か特別に重要な事を生徒に覚えさせるため、また個々の
生徒たちに疎外感を与えないため、そして優秀な生徒を逃がさないためと
しています。


2. 生徒に自分たちで歌を作らせる
スタンフォード大学にはヒップホップで生物学を教える先生がいますが、
彼の講義などは実際に学生に歌を作らせる際のヒントとして使えそうです。
彼は学生に対して自由に言葉を言わせるフリースタイルという方法や
"alphabet method"(アルファベットで韻を踏ませることでしょうか?)
などいくつかの方法を使っています。



自分で歌を作らせる中で最も楽しい段階は、歌詞にメロディをつけるとき
でしょう。ヘンな組み合わせもそれはそれで面白いですが、やはり真面目に
科学的なメッセージをうまくメロディに乗せることを考えるべきです。
「Here Comes Science」というCDには、様々な工夫をこらして歌詞の内容
と音楽とをマッチングさせた曲がたくさん入っています。


さすがに学生の作る音楽はパッとしないものがおおいですが、それでもたまに
素晴らしい作品が出来上がることがあります。こうして作られたものは、
授業で歌うだけでなく、文字通り"take-home message"となって、学生は
家に帰ってからも何度でも歌うようになるでしょう。




音楽による教育に対する障害
音楽を教育に使うとしたら、最近の曲を使うのもいいかもしれません。
しかしこれは著作権の問題が絡んできます。アメリカの著作権法では、
別の歌詞に変えた曲については授業においてだけ使うなら問題はなさそう
ですが、授業以外で使うとなると問題がありそうな感じです。


また、学生それぞれの音楽の好みが違ったらという問題もあります。
個々の学生のために別々のジャンルで音楽を作ってやる必要があるので
しょうか?著者は、可能であれば学生に自分の好きなジャンルで音楽を
作らせる方がいいかもと述べています。


さらに、学生の誰もが音楽的な才能を持っているわけではありません。
自分には才能がないと思っている学生には、歌を作らせても苦痛なだけ
かもしれません。これについては、例えばグループ学習のような形にして
役割分担をさせるとか、下手でもいいんだという雰囲気作りをするとか、
いろいろと考えられているようです。あと、出来た作品を評価する基準は
曲自体の良し悪しではないということを明確にしておくのも重要です。


その他にも、教師側の能力などいろいろな不安要素はありますが、
いくつかの研究では、初めて導入したときからいきなりうまくいった
という報告もあり、このやり方がすぐに広まるとは言えないにせよ、
秘められた可能性は大きいものと思われます。






というわけで、論文というかエッセイをご紹介しましたが、ネットを
調べてみると、イギリスのBBCがこうした企画に手を出しているようです。
Youtubeで「science song」などのキーワードで検索してみると質の高い
作品がいくつも公開されています。日本でもNHKとかやってくれませんかね。


最後に、とてもカッコいいscience songをどうぞ。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.58

Annals of the New York Academy of Sciences
April,2012 Pages 1–366, E1–E7
The Neurosciences and Music IV Learning and Memory

時々音楽関係の特集を組むAnnals of the New York Academy of Sciences
で、第4弾が出ました。ちなみにこれまでの特集はこちら(第1弾第2弾第3弾)。
今回は学習と記憶というサブタイトルで、論文(短いけど)は全部で48本!


内容的には発達や音楽経験、文化、聴覚と運動の協調、言語との関連性や自閉症
音楽を使ったリハビリなど広い範囲のテーマが見られます。これは音楽研究者なら
どんな論文が載っているかチェックした方がいいかも。


個人的には、現在MEGを使っているのでこちらと、

Musical experience, plasticity, and maturation: issues in measuring developmental change using EEG and MEG

(pages 25–36)

Laurel J. Trainor


あと、今論文にしているテーマに関してこちら。

Making music in a group: synchronization and shared experience

(pages 65–68)

Katie Overy


みなさんの読んでみたい論文はどれでしょうか?

音楽の脳科学に関する論文集 vol.57

みなさまごきげんいかがでしょうか。
長らく更新しておりませんでしたが、先週博多で行われた音楽知覚認知学会の
春季研究会に初めて参加したのを契機に、また書き始めることにしました。
とは言っても、途切れ途切れの更新になると思いますので、また長い目で
見てやってください。


それでは復活第一弾は・・・



Expertise is perceived from both sound and body movement in musical performance.
Hum Mov Sci. 2012 Jun 12. [Epub ahead of print]
Rodger MW, Craig CM, O'Modhrain S.

演奏が上手いか下手かは果たして演奏中の見た目だけでわかるのか、ということ
を調べた研究です。プロ、アマチュア、素人の3種類の人たちがそれぞれ楽器を
演奏している姿をポイントライトアニメーション(体の各部分の位置をドットで表現
したもの)にして音楽経験者と非経験者に見せ、どの人の演奏が上手に見えるかを
聞きました。


結果、演奏を聴かせず動きだけを見せても、やはりプロの方が上手に見えると
いう回答が集まりました。演奏を一緒に聴かせると、当然ですがプロの方が
上手と感じる傾向がより強くなりました。実験2では、映像と音を入れ替えて
ヘタな人の映像とプロの音、あるいはその逆という組み合わせにして同じ実験を
行ったところ、ヘタな音でもプロの演奏する映像が一緒であれば、いくらか
上手に聴こえるという結果になりました。しかし、プロの演奏する音とヘタな
人の映像を組み合わせても、ヘタな演奏が上手く見えるというわけにはいきません
でした。上手な人は視覚的にも上手そうに見えるんですね。




Musical expertise boosts implicit learning of both musical and linguistic structures.
Cereb Cortex. 2011 Oct;21(10):2357-65. Epub 2011 Mar 7.
Francois C, Schön D.

音楽経験によって獲得した能力がそのほかの認知能力の向上にも貢献するのか
を調べた研究です。音楽経験者と非経験者を対象として、人工言語(sungと
書いてありますが、歌詞みたいなものでしょうか?)を学習させたところ、
音楽経験者では言語の音楽的また言語的な構造をよく学習できたことを示す
ERPが見られたとのことです。ですが、行動実験では学習の効果を示せなかった
ようで、それってどうなの・・・?



Musical and linguistic expertise influence pre-attentive and attentive processing of non-speech sounds.
Cortex. 2012 Apr;48(4):447-57. Epub 2010 Nov 27.
Marie C, Kujala T, Besson M.

ふつうアブストラクトは研究の背景を最初に書くものですが、これはいきなり
研究の目的からです。目的は二つあり、一つは言語的な経験が音の前注意的な
処理と注意を向けた場合の処理に与える影響を調べることと、言語的な経験
と音楽的な経験とで与える影響を比較するという、これまで何度もやられた
ような実験をちょっと変わった被験者たちでやりましたという程度のものです。


実験ではフランス人の音楽経験者と非経験者、フィンランド人の非経験者
を対象としました。フィンランド語は音の長さが重要な役割を持っている
そうで、この音の長さを利用したオドボール課題を使って、ミスマッチ反応
を測定しました。当然フィンランド人はこの違いに対して敏感に反応を
示すわけですが、フランス人の音楽家も負けず劣らず敏感だったようです。
比較のためにピッチに対するミスマッチ反応を測定すると、国籍に関係なく
音楽経験の有無による違いしか見られなかったことから、この実験で
得られた音の長さに関する結果は、言語と音楽での共通の処理過程を
反映しているのだろうということらしいです。