90番目の夜

音楽と脳の研究紹介や、文献管理ソフトの人柱報告などしています。

音楽の脳科学に関する論文集 vol.61

さて、今月は科研費やら論文やら研究費やらで物書き月間です。

Proc Natl Acad Sci USA. 2013 Sep 3. [Epub ahead of print]
Processing of hierarchical syntactic structure in music
Koelsch S, Rohrmeier M, Torrecuso R, Jentschke S.

教授になってからもガンガンと論文を出しているKoelschさんですが、今回の論文
ではバッハのコラールを元にして、これまでやってきた和声進行のミスマッチ反応
(MMN)ではなく、ひとつ上の構造についてのミスマッチ反応をEEGで測定しました。
音楽の用語では前楽節と後楽節と言うのでしょうか?同じような和声進行でも、
前半と後半との関係を変えることで、最後の和音での終止感が変わってきますが、
これによって和声進行のミスマッチ反応と考えられるERANとlate negativeの
波形がどのような影響を受けるかを調べました。


実験の結果からは、コラールをそのまま用いた場合と、前半と後半の局所的な
構造は変えずに調性だけを変えた刺激で、一番最後の和音に対する脳活動が
ちょうどERANやlate negativeの時間帯で異なることが分かりました。
面白いのは音楽経験の有無による違いが見られなかったことで、特別な音楽
訓練を受けていなくても、我々はちゃんと音楽の構造を認識することができる、
ということを示唆しています。


Brain. 2013 Jul;136(Pt 7):2318-22. Epub 2013 Mar 25.
Hallucinations of musical notation.
Sacks O.

著者は、あの「レナードの朝」や「妻を防止と間違えた男」、「火星の人類学者」など
ベストセラーを出している神経内科医のオリバー・サックスです。彼は自身の診察に
訪れた患者をネタに、もとい患者が見せる様々な症状から人間の脳の不思議さを
教えてくれる素敵な方ですよね。(ニコッ


この論文も著者名だけで選んだものですが、音楽に関連した幻覚を訴える8人の
患者のケース報告です。図がひとつもなく、患者の報告とそれに関与する神経
メカニズムの考察だけなのですが、なかなか変わった形の論文ですね。


Hear Res. 2013 Aug 30. pii: S0378-5955(13)00201-3. [Epub ahead of print]
Function and plasticity of the medial olivocochlear system in musicians: A review
Perrot X, Collet L.

音楽経験による脳機能の変化についてのレビューなんですが、この論文の
珍しいところは大脳皮質ではなく脳幹、特に上オリーブ核から蝸牛までの
神経回路に注目しているところ。


人間の脳幹部分の研究はEEGやMEGでは難しく、その大きさからfMRIでも
なかなか見えないところなので、研究が進んでいるとは言えない状況ですが、
先行研究では耳音響放射という現象を用いて、神経核の性質や可塑性について
調べられているものがあるようです。


この論文ではそれらの研究をレビューして、音楽経験の有無によって見られる
違いについて、末梢での可塑性が原因なのか、中枢での変化が反映されて
いるのか議論しているようです。面白そうですね。


そしてHearing Researchでは、いくつか特集号を準備しているようです。
研究室の同僚も聴覚についてのレビューが採択されたようで、もう少しで
読めるようになるでしょう。そしてHPをウロウロしていたら、こんなものを発見。
Auditory Cortex: Current Concepts in Human and Animal Research


興味のある方はどうぞ。

ReadCubeとMendeleyで快適な論文ダウンロード生活。

みなさまお元気でしょうか。こちらは暑さにぐったりしながら生きています。
Twitterをやっていると、いい情報があってもついそちらでつぶやいてしまって、
こちらのブログに書く事がなくなってしまいますね…


さて、今日はそこをなんとかブログに書けるようなネタを見つけてみました。


みなさまは論文をどのように管理しているのでしょうか。
私の希望としては、

  1. 1. 複数の検索サイトを使えること
  2. 2. PDFを簡単にダウンロードできること
  3. 3. PDFをすぐに読めること
  4. 4. タグ管理ができること
  5. 5. 複数のパソコンでPDFや書誌情報を同期できること
  6. 6. 引用文献リストの作成機能がついていること

これらができれば満足なのですが、やはり一つのソフトで全てを満たす
ようなものは見つからず、PubMedで論文を検索して出てくるページ



これをGoogle Chrome用のClearlyというプラグインでEvernoteに送り、
それに論文PDFを添付してノートを作るという方法を使っていました。
これだといちいちPDFを開かなくてもアブストラクトは読めますし、
Evernoteだから複数のパソコンでの同期は問題ないものの、わざわざ
ChromePubMedを開いてEvernoteに保存した後でさらにノートの
名前を変えたり、タグをつけたり、論文PDFを一度デスクトップにダウンロード
してファイル名を変えて、とけっこう手間がかかっていました。


最近になってReadCubeが登場しましたが、レイアウトがおしゃれなので
使ってみました。



これはPubMedだけでなく、Google ScholarやMicrosoft Academic
Searchも検索することができ、また検索結果をリストとして保存したり
PDFがダウンロードできる環境であればワンクリックでダウンロードが
できるという大変便利な機能を持っているのですが、残念ながら引用文献の
リストを作成するための機能がなく、とても惜しい感じでした。


そのため、不便に感じながらも惰性でEvernoteを使っていたのですが、
ReadCubeとMendeleyを組み合わせるというのをこちらの掲示板
発見して試したところ非常に快適だったので、今はもっぱらこちらの
方法を使うようになりました。


方法はサイトを読めばすぐわかるほど簡単ですが、一応説明しますと…

まず普通にMendeleyとReadCubeをインストールして使えるようにします。
ReadCubeではPDFをダウンロードするフォルダを指定できるので、これを
適当な場所に指定します。Mendeleyには特定のフォルダを常に監視して
PDFが保存されたら自動的に登録するというWatch folderという機能があるので、
Mendeleyで「Tool」→「Options」→「Watched Folders」に進んで、



先ほどReadCubeで設定したダウンロードフォルダを指定すれば、ReadCubeで
ダウンロードしたファイルが自動的にMendeleyに登録されます。


さらにMendeleyには、保存したPDFのファイル名を自動で変更するという
機能があります。Mendeleyで「Tool」→「Options」→「File Organizer」
に進んで…


これらを設定した後で、ReadCubeの方でダウンロードしたPDFの
保存場所をMendeleyでWatched folderに設定したフォルダにすれば、
ReadCubeでPDFをダウンロードするだけで、論文PDFが書誌情報付きで
勝手にMendeleyに登録されて、PDFファイルの名前も勝手に変えてくれる
という事になります。


これだけでも便利になったものですが、次は複数のパソコンでMendeleyを
同じように使いたくなりますよね?


Mendeleyは別のパソコンからもPDFにアクセスできるようオンライン上に
ファイル保存用スペースが用意されていますが、現在容量は2GBしか
ないようです。また、PDFは共有できるものの、Mendeley自体は個々の
パソコン上で動いています。これを、もっと容量の大きいストレージに
PDFを保存して、さらに複数のパソコンでMendeleyの共有ができないかと
調べてみたら、いくつか方法が見つかりました。


ひとつ問題点として、Mendeleyでは実際のPDFと書誌情報などが書かれた
メタファイルが別の場所で保存されるらしく、両方が共有されるようにしないと
いけないようです。


これをするためには、任意のフォルダを共有できるSugarSyncが便利です。
SugarSyncを使った方法はこちらのサイトに書かれていますが、簡単に
説明すると…


PDFファイルはSugarSyncで共有するフォルダにいれて、Mendeleyの方で
「Tool」→「Options」→「File Organizer」に進み、「Organize my files」に
チェックを入れてこのフォルダを指定すればOK。メタファイルは、Windows7なら
C:\ユーザー\"ユーザー名"\AppData\Local\MendeleyLtdに入っているので、
このフォルダもSugarSyncで共有する設定にすればOKです。



上の画像でも「SugarSync」(PDFのフォルダ)と一緒に「Mendeley Ltd」が
共有されているのが分かると思います。


ただこの「Mendeley Ltd」というフォルダはMendeleyをインストールすると
必ずパソコンに作られるので、ホスト側とクライアント側でMendeleyの設定が
違っていたりすると面倒くさいことになるかもしれません。、


SugarSyncは共有するフォルダを自由に選択できるのでこの方法でOKですが、
DropBoxを使った方法についてもこんなサイトがあります。
ちょっと面倒くさいような(汗)




(追記)
SugarSyncを使って快適ダウンロード生活!と調子にのって色々使っていたら
あっという間にSugarSyncの容量が限界に来てしまいました…


それなので、今度はメタファイルだけSugarSyncで共有して、PDF自体は
SkyDriveを使って共有しようとしているのですが、なぜかMendeleyが
強制終了して再起動しなくなったり、再インストールしても起動しなかったりと
苦戦中です。もしうまくいくようになったらまたブログで報告するかもしれません…

音楽の脳科学に関する論文集 vol.60

さて…


かなり久しぶりとなりましたが、私は元気でやっております。
所属していたプロジェクトが残念ながら解散が決まり、ブログなんて
書いている場合じゃないーと公募に出したり論文書いたりしていました。
3月まで次の職場が決まらずかなり緊迫した状況でしたが、結局は共同研究
でお世話になっていた京都の研究室に残ることになりホッとしています。


またここも2年後にはどうなっているか分からんのですが…(汗)


とりあえず時間のある時にはこのブログも進めていこうと思います。
というわけで、まずはリハビリとして音楽関係の特集号が組まれていたので
それをご紹介。


Topics in Cognitive Scienceという雑誌で、Trends in Cognitive Sciences
という超有名な雑誌と間違えそうな名前ですが、昨年の冬に音楽関係の特集号を
組んでいました。developmentやcomputational model、cross-cultureといった
観点もあり、ちょっと広い分野からの論文が集まっている気がします。



Topics in Cognitive Science
October 2012 Volume 4, Issue 4, Pages 467–794

Editors’ Introduction: Music Cognition and the Cognitive Sciences
Music Cognition and the Cognitive Sciences (pages 468–484)
Marcus Pearce and Martin Rohrmeier


Development and Evolution
Music Cognition: A Developmental Perspective (pages 485–497)
Stephanie M. Stalinski and E. Glenn Schellenberg

Musicality: Instinct or Acquired Skill? (pages 498–512)
Gary F. Marcus

Cognition and the Evolution of Music: Pitfalls and Prospects (pages 513–524)
Henkjan Honing and Annemie Ploeger


Learning and Processing
Implicit Learning and Acquisition of Music (pages 525–553)
Martin Rohrmeier and Patrick Rebuschat

Learning and Liking of Melody and Harmony: Further Studies in Artificial Grammar Learning (pages 554–567)
Psyche Loui

Music and Language Perception: Expectations, Structural Integration, and Cognitive Sequencing (pages 568–584)
Barbara Tillmann

Neural Mechanisms of Rhythm Perception: Current Findings and Future Perspectives (pages 585–606)
Jessica A. Grahn


Computational Modeling
Modeling Listeners’ Emotional Response to Music (pages 607–624)
Tuomas Eerola

Auditory Expectation: The Information Dynamics of Music Perception and Cognition (pages 625–652)
Marcus T. Pearce and Geraint A. Wiggins


Cross-cultural Perspectives
Music Perception and Cognition: A Review of Recent Cross-Cultural Research (pages 653–667)
Catherine J. Stevens

Cognitive Science and the Cultural Nature of Music (pages 668–677)
Ian Cross


Conclusion
Two Challenges in Cognitive Musicology (pages 678–684)
David Huron


もうひとつ違うテーマでいくつか論文が特集されていましたが、これは音楽とは
関係なさそうなので割愛しました。


さて次回はこの特集の最後にあるHuronさんの論文でもレビューしようかな、と
思いながらTrends in Cognitive Sciencesのサイトを見たらNeurochemistry of Music(PDF)というレビューが出ているではないですか。
こっちの方が面白いかなぁ。

ムーディなマクドナルド?

今日は時間がないので簡単に…

Softer Fast Food Restaurant Lighting and Music Can Cut Calorie Intake 18 Percent
(Science Dailyより)


ムーディなレストランでオシャレにディナーを…なんていいますが、
こういうときは普段よりもついついお腹いっぱいに食べてしまいがちです。


ところが調べてみると、抑えた照明と静かな音楽があるところで食事を取る時は
普段のレストランで食べるより量が減り、18%もカロリー控えめになる一方で、
食事への満足度は高くなる、という研究についての記事です。


これは特にファーストフードのレストランにとって重要な情報だろう、と著者の
Brian Wansnik教授は述べていますが、お店側にとっては、ムーディな
雰囲気にした方がいいのかしない方がいいのか微妙なところですね。


どうでもいいですが、Wansnik教授の研究室のwebサイトが良い感じです。



A Little Music Training Goes a Long Way: Practicing Music for Only Few Years in Childhood Helps Improve Adult Brain
(Science Dailyより)


先週のJournal of Neuroscienceに載った論文についての記事です。
聴性脳幹反応(ABR)という、音に対して脳幹部で生じる活動がありますが、
これは聞こえてきた音と同じ様な形で反応するそうです。つまり、1000Hz
の音を聞かせると同じ様に1000Hzの波形が見られるし、「da」という声を
聴かせると、その波形と同じような活動が見られるというらしいです。
たしか…(汗)


論文では異なる量の音楽経験を持つ人々に対して音に対するABRを
測定したところ、音楽経験が多いほど音に対する反応がきれいに
見られたということです。


この研究はNorthwestern大学のNina Kraus教授の研究室で行われ
ましたが、Kraus教授はABRを用いて多くの論文を出しています。
記事によると、彼女は「現在のあなたを作るのは過去の自分である」
というのをテーマにしており、今回の研究もこれを裏付けるものだ
と述べています。

音楽と鳥の歌は無関係だった!?

Birdsong Not Music, After All
(ScienceNOWより)

鳥の歌をまねたのが音楽の起源だという説がありますが、実際に聞いてみると
確かに歌っているみたいに聞こえますよね。



鳥の歌と音楽との関連性についてはこれまで色々なところで色々な人が色々な
事を言ってますが、科学的な手法で確かめた人はほとんどいませんでした。
で、統計的な手法を使って調べてみたのがこちらで紹介されている研究です。


ナイチンゲールという鳥はサヨナキドリとも呼ばれ、とても美しい鳴き声で
知られています。この鳥の鳴き声は主に周波数だけを変化させているそうで、
この研究では、ナイチンゲールの鳴き声における周波数変化の幅がどれだけ
和声的な音程(完全5度など)に近いかを調べました。また比較対象として
クラシック、ジャズ、ポップスからいくつか曲を選び、それらについても
音程の幅がどれだけ和声的なものに近いかを調べました。


分析の結果、ナイチンゲールの鳴き声はほとんど和声的な音程になっておらず、
音楽的な音程とは無関係であることが示されました。この結果について、
音楽研究の大家であるRobert Zatorre教授は「我々が全く知らない外国語を
聞いたとき、自分の母国語で似たような響きの言葉として認識する(いわゆる
空耳ですね)ことがあるが、同じようにナイチンゲールの鳴き声も、我々が
使う音楽の音程に似ているところだけを取り出して、音楽として聴いている
のではないか。」と述べています。


個人的には音楽と鳥の歌には関連性がないだろうと思っているので、この結果
についてもふーんという感じではあるのですが、この研究については、記事中に
コメントがあるように、鳴き声を比較したのが西洋音楽で和声的とされる音程
だけなので、この研究からすぐに音楽と鳥の歌とは関係ないとは言えません。
その意味ではこのScienceNOWの記事のタイトルは大げさ過ぎで、いわゆる
「釣り」タイトルと呼べるでしょう。そしてそれにまんまと乗ってしまったのが
私というわけですね(笑)